おじいちゃんは頑張り中

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おじいちゃんは頑張り中

 ポロっと出たチカ様の「交流試合」。  本当に行われる事になった、と黒須さんから聞いたのは翌週の仕事の時であった。   「ああ、思ったより早く実現するんですね」   「常磐様がなるべく早くと仰るもんでな。再来月の2週目の7の日、千里長屋わっしょいずと洋華きんぐすの試合がウチの一番野球場で行われる事になった」   「キングス……チカ様も出られるんでしょうね」   「ああそのようだな」    草野球チームに国王が出るとか、あっちものんびりしてるなあ。  ……まあ常磐様は王とは言えど王宮で寝てばかりだったみたいだし、王宮勤めの人以外は、顔を知られているのは代理として色々とやってる黒須さんらしいからアレだが、あの派手な赤髪のチカ様は常磐様と違ってアクティブに動いてそうだものねえ。恐らく国民に顔は知られまくりではないかと思うのだけど。   「交流試合って、国の長が直接戦って問題ないんですかね? 勝敗で遺恨を残さないか心配なんですけど」   「球技の交流試合そのものが初めてだからなあ。  昔、剣道で交流試合をしたことはあるが、常磐様はその時にはもうとっくに飽きて止めておられたし、祖手近王も出ておられなかった」   「ま、楽しんでやって頂ければ良いですよね」   「そうだな。常磐様が『これから猛特訓して和宝国の王として恥じない戦いをするからね。ちょっと黒須には仕事を任せてしまう事が増えるかも知れないけど、私が何の心配もなく背中を預けられるのは黒須だけだからねえ』などと嬉しい事を仰って下さっていたので、出来れば勝って頂きたいのだがな」    ……だから騙されてますよ黒須さん。  それ直訳すると【また仕事サボりがちになるけど、一番仕事を処理出来るの黒須だからよろ】って言われているのと一緒ですからね。本人が喜んでるから敢えて言いませんけども。  好きな人の役に立てるのは、やはり嬉しいものだし。   「……そうですか。それはそれは」    私はどうとでも受け取れるグレー回答で仕事に戻った。     ◇  ◇  ◇     「今日はねえ、ひっとになりそうな球を2度も私が捕ったんだよ。長屋の人たちにも『この頃の朱鷺さんは伸びが違うねえ』なんて誉められたりしてさ」    2000年以上生きてて乙女のように照れられても。無駄に可愛いから止めて欲しい。  いや、乙女ではなく小学生の『ボク100点取ったんだよお母さん!』のルートかも知れない。  自分が今一つ球技に向いてないんじゃないか、と思っていたところへの誉め言葉はやはり嬉しいのだろう。    大根おろしをたっぷり乗せて醤油を垂らした厚焼き玉子をモグモグと食べながら、私は微笑ましい気持ちになった。   「朱鷺さん、今度の試合、勝てるといいですね」   「そうなんだよね。でもあちらさんもほら、祖手近が本気だしてかなり熱心に練習しているみたいだから。  洋華国はかなり体つきのいい人たちも多いだろう?」    言われてみれば、チカ様もバトル漫画とかで出てきそうなごつい人だし、となみで働いていた人たちもガタイのいい人が多かった気がする。  こちらの人はしっかり筋肉はついている人も多いが、いわゆる細マッチョ系である。  牛肉とか豚肉とか食べてるから海外体型になるのだろうか。牛乳も背が伸びると言うし。  良く分からないなあ。    今回は難しいかも知れないねえ、と常磐様が残念そうな顔で呟いた。   「体つきの良さは関係ないですよ。要は打って走る、点を取る、その点差を守るを地味に繰り返してれば勝てると思います」   「……そうだよね。私も大分走るのも早くなってきたし、小さなひっとでも重ねて点を取ればいいんだよね」   「と私は思います。まあ勝負は時の運ともいいますしね。今日勝てなくても明日勝てばいいんですよ」   「でもさ、どうせならナノハがいる時に私が活躍してる姿を見せたいじゃないか。ほら、旦那の勇姿を妻が見たら惚れ直すとか良く聞くだろう?」    嘘っこの夫婦ですけどもね。  外で夫婦仲良しアピールしたいのかな?   「そうですねえ。じゃあホームラン打ったら『貴方素敵!』とか言って抱きついて頬にキスしたりとか」    私は調子に乗って軽口をたたいた。いや甚平着た妻(仮)にそんなことされても仕方ないか。     「……」   「あ、冗談ですよ冗談」   「──いや、やっておくれよ本当にほーむらん打てたら。ここ数百年そんな色気のある事は何にもなかったから、ご褒美があった方が嬉しいよねえ、うん」    常磐様がご機嫌になった。   「いや私で良ければやりますけど、全く色気はないですよ?」   「大丈夫だよ。女性というだけで色気があるんだからね。それにナノハは可愛いよ」    とんでもない美形に言われても説得力皆無です。  まあ数百年レベルで色事もないようなおじいちゃんならこの位がちょうどいいのかしら。   「では旦那様。ナノハはご活躍を心よりお祈り致しております。ご武運を」   「うん。可愛い妻の為にも頑張るよ。……いいね、こういうのも本当の夫婦みたいでさ。急いで片づけるからナノハは銭湯へ行く支度を頼むよ」    そう言うと、いそいそと食器を片づけて洗いに行く常磐様を見て、   (そうですね。どっちが妻なのか分からないけど)    と苦笑した。        そして、気がつけば交流試合はもうすぐそこまでやって来ていた。        
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