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交流試合は妻も戦いらしい。
「朱鷺さん、今日はナノハ先生にいいとこ見せて、料理上手なヒモだけじゃないってとこ見せねえとな!」
試合当日。
迎えに来た美弥さんの旦那さんにそう言われ、
「ヒモってねえ、いやヒモって言えばそうなんだけども、ちょっと人聞きが悪いからさ。ほら、休養中とか静養中とか他にも言い様があるだろうよ」
と常磐様が文句を言い、「んじゃ休養中の無職って事にするかね」とどちらにせよ余りいい通り名じゃないものをつけられて溜め息をついていた。
でも試合はずっと楽しみにしていたらしく、すぐ気を取り直し、
「それじゃナノハ、後でね」
とお弁当とお茶を携えていそいそと出掛けていった。
当然ながらお弁当は常磐様謹製である。
仮にも妻である私が作った方がいいのかも知れないが、日本ですらまともに料理が出来なかった人間に無茶言うなという話である。せめて心からの応援をしよう。
常磐様たちは事前に体を慣らしがてら練習をするのだそうだが、私も余りのんびりしていると見やすい席がなくなるかも知れない。
そう思い支度をしていると、また誰かが扉を叩いた。
出てみると美弥さんと琴音さんである。
2人とも朝っぱらから化粧もしっかり見目麗しく、普段よりちょっと良い着物を着ている。
旦那様の勇姿を応援する綺麗どころ、いいですねえ。
「ナノハ先生、どうせなら一緒にやきゅう場に行きませんかね? ほら、やっぱりいい席で見たいじゃありませんか」
「あ、はい。そう思って今支度をしていた所です。すぐ出られますから少しだけ待ってて貰えますか?」
美弥さんは私を上から下まで見て、呆れたような顔をして私を見た。
「……すぐって、まさかナノハ先生、いつもの素っぴんに作務衣で行くおつもりですか?」
「はい。……いけませんか?」
「良いわけないでしょうよ! せっかくの旦那の晴れ姿を普段着のまま化粧もしないで応援なんて!
ちょっと琴音ちゃん、家の化粧道具持ってきておくれ。──ナノハ先生、着物の1枚や2枚はお持ちですよね?」
「はあ、まあ」
黒須さんが用意してくれた、殆ど最初の頃しか着てない着物は何枚か。でも、化粧とか着物とか面倒なのだけども。特に着物は歩きにくいし。
はいはいはい、と追いやられるように自分の家に戻り、座らされる。
「新婚なんですよね? いくら合気道の鍛練がしやすいからと言っても、ナノハ先生は何もしなさすぎですよ」
「そ、そうですかね? でも、朱鷺さんも別に構わなくていいと……」
「旦那さんの『何もしなくていいよ』ってのは、俺は言わないけどちっと位は気を遣えよ、って事なんですよ。
やっぱりお洒落をした可愛い姿だって見たいに決まっているんですから。
額面通り受け入れてどうするんですかもう」
……おおぅ。付き合った男性にも似たような事を言われた気が。愛情を感じられないとか何とか。
でも化粧は顔が痒くなるし、そのまんまでいいって言うから自由にしていたのになあ。
裏の言葉だとか含みを持たせられると私には途端に分からなくなる。なぜストレートに伝えてくれないのか。
まあ私が読み取れないのがいけないんだろう。
日本に戻ったら精々修業しよう。
だが常磐さんはウソの夫婦だから、そこまで求められてないと思うのだが。
説教を受けているウチに琴音さんが戻ってきた。
「ナノハ先生は肌もお綺麗だし造りがいいから許されてますけど、私などは化粧落としたら、目なんかもう本当にちっさくて見られたもんじゃないですのよ。
普段からもう少しお洒落になさったら宜しいのに」
琴音さんのような美人でもそんな風に思うのか。
美男美女が多い国は大変なのだなあ。
「はあ、すみませんです」
「じゃ、ちょいと見違えるように磨いて、朱鷺さんをびっくりさせてやりましょう! ささっ、脱いで脱いで。着物はどこですか?」
「いやっ、待っ、ちょっ」
奥の部屋で作務衣を脱がされて着物を当てられオロオロしつつも、たまにはいいのかな、と気持ちを切り替えた。
いつも飄々としている常磐様の驚く顔は想像できないけど、まあ少しは見栄えが良くなる分には良かろう。
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