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試合直前
【常盤視点】
野球場に着くと、黒須が出迎えてくれた。
わっしょいずの皆にしてみれば、王宮のお偉いさんが来ているのはナノハが王宮で働いているからだと思っているので何の違和感もなく受け入れている。
私が王なんだよと言ったらビックリするのかねえ。
……いや、きっと無職の上に頭がおかしくなったと思われるかも知れないね。
今回の交流試合も相手に国王がいるというのは箝口令を敷いて貰ったので、向こうの選手しか知らない。緊張してまともに試合にならないようでは困るものね。
「もう相手さんは……来てるみたいだねえ」
「ええ。祖手近王などは、とても気合いが入っておられるようですよ」
真っ赤な髪を結び、素振りをしている祖手近を眺めた。
私よりも一回りは体が大きい。まあ打ったらかなりの距離が出そうだよね。
いや、私もちゃんと練習したし、ナノハだって「野球は体格だけが全てじゃない」って言ってたし。
黒須は、移動ようか堂の設置場所の確認をしたいと現れた久我に連れられ「では後ほど」と消えていった。
ようか堂も大分町の人間に知られるようになって、売上もどんどん上がっているとかで店を拡げるような話をしていたのに、こういう催しにもマメだよね。
「いち、に、さん、よん、と。……朱鷺さんよ、洋華きんぐすはみんなガタイがいいよなあ。俺たちわっしょいずには厳しくないか?」
準備運動をしながら琴音の夫が声を掛けてきた。
「……そうだね。でもさ、ナノハも言っていたけれど、体格で負けてるなら私たちは機敏さとか、守備とか、地味に一点一点稼いで行けば良いんだよ。
その積み重ねで勝ちに行こうよ」
「そうだな。ナノハ先生が俺たちにはついてるもんな」
「いや、私の妻だけどね」
……かりそめだけれど。
余りに居心地のいい生活にすっかり体が馴染んでしまったけれど、ナノハはもう3ヶ月ほどで帰ってしまう。
少しは良いところを見せないと、おじいちゃんのまま終わるのはやはり悲しいものね。
皆でせっせと運動し、素振りをしていると、段々と集まり出した観客が並べられた縁台に座り始めた。
「──お、美弥たちも来た……ん? 驚いたな、ナノハ先生が和服姿だ」
美弥の夫が声を上げたのに、え? と私も顔を上げた。
目に入ったナノハの姿は、普段見ているそれとは違い、紺地の、色合いこそ地味なものの、清楚という言葉がぴったりな和服姿で、いつもはしない化粧までしていた。
……いつも可愛いけれど、今日はやけに綺麗だねえ。
一緒に暮らしているのについ見とれてしまった。
挨拶をしながら私に手を振るナノハを見たわっしょいずの他の面々が、
「いやぁ美人だなナノハ先生!」
「馬鹿いえ、元からナノハ先生は美人だよ。普段は稽古があるから化粧もしてねえけどよ。
化粧したら色気があるねえ。いや眼福眼福」
などと騒ぎ出したので少し胸がもやついた。
そんなに見るんじゃないよ。ナノハが減るだろうよ。
「……ナノハは元々可愛いんだよ。私の妻だからね」
「お、朱鷺さん焼きもちかい? 新婚さんだもんねえ。皆分かってらあな。心配すんなって」
バシバシと背中を叩かれ、不思議な気持ちになる。
焼きもち? 私がかい? まさか。
いや、そういうんじゃなくて……ナノハは保護しているだけの帰らないといけない娘だしね。
……本当にそれだけなんだろうか。
それなら、何故長屋の男たちがナノハを褒めると、嫌な気持ちになってしまうのだろう。
(──いや、今は試合に集中しないとね。
片手間で試合して勝てる相手じゃないよ)
私はばっとを持つ手に力を込めた。
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