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お疲れ様です旦那様
秋晴れの中、交流試合は始まった。
秋空には雲1つなく、どこまでも真っ青だ。
選手の人たちは声を掛け合いながら、双方投げ、そして打つ。
観客たちは、「ないすきゃっちー!」「ああ、もうちょっとだったのに……」などと言いながら、耳パン食べたりコロッケパン食べたり、お茶を飲んだりしつつ声援を送っている。
現在9回裏。千里長屋わっしょいずの攻撃だ。
今のところ、3対1でわっしょいずが負けている。
(……なかなか厳しいなあ)
私はスコアボードを見ながら溜め息をついた。
確かにわっしょいずも頑張っている。自分が想像していた以上に上達していたといってもいい。
守りもしっかりしているし、ゴロなどの処理もスピーディーだ。だがいかんせん点が取れない。
洋華国きんぐすの投手が2m近い長身で、とにかく投げる球が早い。やはり体重を乗せて投げて来られると球も重たいのだろうか。
ヒットは何とか出るものの、後が続かない。
わっしょいずの1点も、コントロールが今一つなきんぐすの投手のお陰でフォアボールの押し出しである。
常磐様も当ててはいるのだが、ヒットになった一本もそのまま他の打者がアウトになり、残念ながら得点には至らずだ。
日本にいる時には殆ど野球なんて観ていなかったが、実際に試合をしている所を観ていると、血がたぎるというか握りしめた拳に力が入ってしまう。
「あ、朱鷺さんですよほら」
琴音さんが肩を叩いて教えてくれたので、うつ向いていた顔を上げた。
少し離れた所で素振りをしている常磐様は、いつになく真剣な顔で、ただでさえ規格外なのにより一層際立つ美貌である。
普段の飄々とした表情はどこへやら、この町に来てイケメンには見慣れた私でもグラッと来る。
きっと、せめてもう1点だけでも返したいと思っているんだろうなあ。
私は無意識に立ち上がり、大声で叫んでいた。
「旦那様ー! 応援してますからねー!
一発かっ飛ばして、いいとこ見せて下さいねーっ!」
常磐様はこちらへ振り向き、私を見ると、それはそれは極上な笑顔で手を上げた。
だが、前の打者がヒットを出したものの、常磐様が続くべく打ち返した球は、ホームラン……とはならず、外野フライになってアウト。
結果的にわっしょいずは負けてしまった。
まあ、それでもかなり善戦したと言えるだろう。洋華国より教えたの遅かったし。
選手たちが集まり一礼して交流試合は幕を閉じた。
「あー、残念だわあ。主人は絶対勝つって気合い入れていたのに……」
「私の所もです……」
美弥さんと琴音さんが悲しそうに呟いた。
「次に勝つ楽しみがあるからいいじゃないですか。
旦那さんたち、とても格好良かったですよ!」
「……確かに、球をきゃっちして投げる姿なんてちょっと惚れ直したわあ」
「うちの夫も、ひっとを打った時の笑顔が子供みたいでとっても可愛かったんですよねえ」
おっとのろけが始まってしまった。
こうなると長いんだよな美弥さんたち。
私は早く常磐様が戻って来ないかなあ、と思いつつ相槌を打っていた。
◇ ◇ ◇
「本当にごめんよ。もしかしたら勝てるかなと思ったんだけれどね」
お昼のお弁当も常磐様が作ったのを美味しく頂いたのだが、夜は夜できちんと作ってくれた。
いいんだろうか国王をこんなにこき使っても。
夕食の里芋の煮たのも蓮根のキンピラもサンマの塩焼きもとても美味しかったけれども。
ご飯お代わりしてしまったけれども。
「朱鷺さんが謝る必要ないですよ。
白熱したいい試合でした」
申し訳なさそうな顔をする常磐様にそう言うと、お椀や箸をまとめて洗い場に持っていく。
龜から水をたらいに移しながら、本気でそう思っているのだと告げた。
「でもさ、やっぱり男としてさ、ナノハに格好いい所を見せたかったじゃあないか。もう少し時間があれば逆転出来たかも知れないし……それに勝ったら頬に口づけして貰える筈だったのに」
私は闘争心の欠片も無さそうな常磐様でも負けず嫌いな所はあるんだなと内心で微笑ましく思った。
まあ国王だし、遊びとはいえ負けるのは嫌だろう。特にチカさんの事をイマイチ良く思ってなかったものね。
洗い物を済ませると、手拭いで手を拭きながら、まだ愚痴をこぼしている常磐様に背後から近寄った。
「……朱鷺さん」
「なんだい?」
私は振り向いた常磐様の頬にちゅっ、と唇を落とした。
「私は朱鷺さんの活躍が見られて嬉しかったですよ。
お疲れ様でした、旦那様」
頬を押さえて少し赤くなっている常磐様を見て、かえってこっちまで照れ臭くなってしまった。
おじいちゃんてば百戦錬磨の冗談みたいな美形の癖に、何でこんなことで恥じらうのか。
「……さ、銭湯行きましょうか」
私は努めて何でもないようにお風呂の支度を始めた。
「あ、ああそうだね。銭湯行こう銭湯」
暫くぼんやり座ったままだった常磐様が慌てて風呂敷に着替え等を詰め込み始めるのを見て、何だか可愛いなあと思いつつも、何だかこれじゃ付き合い始めのカップルみたいだな、と気軽に頬へキスをしたことを反省した。
──だって私は、日本へ帰るのだから。
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