なかなか興味深いな

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なかなか興味深いな

【常磐視点】   「……ナノハ、あー、それは男物の衣服なのだけどね」   「存じております」        私とナノハの夕食は、私の寝所の隣側(ナノハの部屋とは反対側)にある、執務や会議を行ったり、食事が出来るようになっている大きなテーブルのある部屋に運ばせた。      現れたナノハは風呂上がりのようで、相変わらず化粧っ気もなく、何故だか作務衣(さむえ)と呼ばれる仕事を行う男たちが着ている上下を着ていた。   「何故女が着る着物ではないのか」    と問うと、   「着なれていない物は動きにくいのです。それに明日から仕事をするのにもパンツ姿の方が落ち着きますし」    という。    ナノハの住む国では、着物を日常着にしているのはご年配や仕事の為などごく少数であり、多くの民は洋服を着ているのだと言う。    だからと言ってこの格好では、短い髪の毛もあいまって色気も何もありはしないではないか。  男同士の会食のようである。  私の方が髪が長い分だけまだ女に見えるほどだ。  まあ色気を出されても、大分自分も色事は枯れたのではないかと思っているので困るのだが。    髪の毛も男女間で違いはなく、伸ばしたい人は伸ばしているし、短くしたり色を染めたり好きなようにしているらしい。     「青とか紫とか緑とか赤、色々ありますよ」   「そうなのか。それはとても華やかそうだね」   「まあ髪の毛はとても傷みますけど」    何故わざわざ髪の毛を痛めつける行為をするのか分からなかったが、見た目の印象を変えるのは個性を出すのに手っ取り早いのです、と答えるとナノハはテーブルの料理を眺めた。   「……あの、私はお昼を食べてないので、恥ずかしながらとてもお腹が空いてるのです。  こちらはもう頂いても宜しいでしょうか?」   「ああ! そうだったね。沢山お食べ」    つい話を聞くのに夢中でこちらへ来た時の話を失念していた。昼食を食べようとしていたのだったな。   「それでは遠慮なく頂きます」    ナノハはかるく頭を下げて箸を取ると、取り皿に青菜やら芋の煮物、魚の煮付けなどを取り分けだした。      相変わらず無表情だねえとナノハを見つつも、背筋も真っ直ぐ伸びていて、所作が美しいと感じた。   「そちらの食べ物と違うだろうが大丈夫かい?」   「……いえ、醤油や味噌など日本にもあるものばかりで安心しました。野菜や魚も変わりはないようですし味つけもかなり似ています。  こちらに以前来られたのは、きっと日本人なのでしょうね、かなり前の時代の」    パクパクと無表情のまま驚くほどの勢いで食べまくり、合間にそんな事を言っていたが、   「……ですが、個人的にはちょっと甘過ぎますね」    と呟いた。   「そうかい? 砂糖はこちらでは贅沢品だから、使う量が多いほど高級な料理という感覚なのだけど」   「ここまで入れるとほぼお菓子のようです。  せっかく食材が良いのに素材の良さが殺されてちょっと勿体ないです」    骨だけになった魚を見る。  食べ方も綺麗だねえ、と感心しつつ、   「それなら、ナノハがいる間はなるべく砂糖を抑えるように厨房に伝えておくよ」    私は食事にうるさくないので、食べられれば甘かろうが辛かろうがどうでもいいのだ。   「本当ですか? 大変有り難いです」    ほんの僅かに口角を上げたナノハは、小声で続けた。   「でも、皆さんも少し控えた方がいいと思います。  血圧上がったり、糖尿病になったりする可能性もありますから、摂りすぎは何でも宜しくないかと」   「それは、人の病気かい? それなら気にしなくていいよ。私たちは元々妖しだからね」    ……お、目を見開いた。気づいてなかったのか。    無表情かと思っていたが、さっきも嬉しい時には笑顔らしきものは見せたし、目に感情がよく表れるじゃないか、と私は少しばかり愉快な気持ちになった。   「……そうでしたか。妖し……妖しというと、そのう、のっぺらぼうとかひとつ目小僧とか小豆洗いとか、ああいった感じの方々で……」    冷静に語っているように見えるが、目がかなり泳いでいる。   「そうだねえ。ただ、もうみんな長いこと人間のナリをしているし、元が何の妖しであったか知らぬ者もいる。  私も10本の尾っぽがある狐の妖しだったのだが、1000年以上前にその姿であった記憶しかない」   「九尾の狐というのは聞いたことがありますが、十尾の狐というのもいるのですね!  ──すると、王様は狐の姿には戻れないのですか?」   「ああ」   「……っ。──そうなのですか」   「ねえナノハ、今舌打ちしなかったかい?」   「……私が? そんな訳ないじゃないですか!」    慌ててぶんぶん手を振っているけど、とっても疚しい目をしているよナノハ。   「狐が好きなのかい?」    すっかりお見通しだという眼差しを送り尋ねると、   「……いえ、狐がというよりも、毛がふかふかしている動物全般が好きなのです」    と白状した。   「お分かりかも知れませんが、私は子供の頃から何故かあまり表情が豊かでなくて、大人になっても親しい友人もあまりおりません。  喜怒哀楽の感情が表に出にくいと言いますか……。  そのせいで、恋人とも3ヶ月ほど前に別れまして。  人付き合いが得意ではないのです。  ですが、犬や猫は私が無表情だろうが慕ってくれますし、柔らかい毛並みや肉球を触らせてくれたりします」   「──割と、目は分かりやすいけどね」    ……おっと、また動揺したねえ。   「父ぐらいにしかそんな事を言われたことはありませんでしたが……長生きされている方は、目から入る情報量が多いのでしょうか?」    さらりと私をジジイ呼ばわりしているんだけど、分かっているのかなこの娘は。  別に不快ではないけれど。   「どうだろうねえ。きっとお主の国でまだ理解を深める相手が現れてないだけかも知れないよ。  それに、いずれ理解者が現れると思っていた方が楽しくはないかい? 人生はまだ長いのだし」   「──そうですね。老後は猫と2人暮らしかもと思ってましたが、前向きな気持ちになれそうです」    瞳以外は本当に無表情なのに、ウキウキとした様子で語るナノハがちょっといじらしいと思ってしまった。   「楽しかったよ。また話を聞かせてくれないか?  今夜は疲れただろうから早めにお休み」   「ありがとうございます。さっきから少し眠くて……それではまた。ご馳走さまでした。おやすみなさい」    ナノハは頭を下げて出ていった。  使用人を呼び、食事を下げさせるついでに甘さを控えるように伝える。        眠ること以外の趣味が全くなかったが、ナノハの観察というのもなかなか楽しそうだ。    私はクスクスと笑いながら、「お湯が用意できました」と知らせに来た使用人に礼を言うと、ゆったりと風呂場へ向かうのだった。            
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