町への移住計画に異物混入の気配

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町への移住計画に異物混入の気配

「……ん? 今なんて言ったんだい?」   「いえ、ですから町に部屋を借りてですね、こちらには通いで仕事に──」   「あ、これはナノハの好みそうな甘みの少ない煮物だよ。……で、何だって?」      絶対に聞く気がないだろ、と私は押し出された煮物の器からこんにゃくやサトイモを取り、口に運ぶ。    私の住んでいた国では煮物を食べてジャリ、という擬音で表現される事はない。     「……やっぱりまだ甘いんだね。叱っとかないと」    常磐様は私の顔を窺い眉を寄せた。    この王様は、表現力皆無と自負する私の表情から喜怒哀楽を読み取る能力を身につけたらしい。  心底暇なのだろう。   「もう止めて下さい。料理人の方も今までのスタイルが当たり前なのですから、常磐様に出す物と思えばどうしてもこうなるのではないかと思います」   「だけど、ナノハには甘過ぎるんだろう?」   「ええまあ。この国の郷土料理のようなものであれば諦めようとも思いました。  ……ですが今日町に出て、町で食べたお蕎麦の美味しさに、私は目覚めてしまったのです、自分は根っからの庶民舌だと。  私は食べるものの良し悪しで、仕事へのやる気や日々の幸福度が変わる人間です」   「そうだろうねぇ。さっきもポリポリ幸せそうにお煎餅食べていたしねえ」   「常磐様にはたったの1年でしょうが、私の1年は、100年弱しか生きない種族の1年です」   「……うん、だから?」   「正直、庶民である私には、王宮の高級感溢れる食事は口に合いません。  町で食べるご飯最高。1年もここの食事なんか食べてたら働く気力がなくなるじゃん、砂糖を嫌いになったらどうしてくれんねん、というのが本音です」    ……いかん、思わずオブラートに包むのを忘れていた。    最近では常磐様に対して王様という感覚が薄く、ゴロゴロ寝てばっかのニートの兄ちゃんとしか思えなくなりつつあるので、大分敬意が落ちているのは否めないが。   「──働く気力が落ちるほどなのかい?」    常磐様が気を悪くする風もなく尋ねる。  私の町移住計画を遂行するためには、本音でぶつかった方がいいと判断した。   「毎日食事の時間に気が重くなる程度には。  別に料理人の方の腕がどうとかでなく、単に私の好みに合わないだけなので、そこは誤解なきようお願いいたします」   「そうか……それは困るねえ……」    常磐様は顎を触りつつ何やら考えているようだ。    それにしても、もうイケメンイケオジを見慣れすぎ、道端の石っころレベルの感覚になってきた私のイケメンセンサーも、常磐様を見てると上には上があるものだ、と感心する。  どんな表情をしても精緻を極めた美術品のように眩しい美貌なのである。    一番妖力が高いから王を引き継いだと聞いたが、妖力が高すぎるとこんな当たり年のワインのような人が生まれるのだろうか。謎である。    昔の恋人も中々最低な男ではあったが、顔だけ見ればそこそこ整っていた。  しかし、常磐様と比べると雲泥の差である。  ぶっちゃけ門番の人にも敵うまい。    男性は顔はどうでもいい。優しく誠実で勤勉ならむしろモテない位の男の方が安心だ。    初めてを捧げた男に、「一緒にいてもちっとも楽しそうに見えない」だの「冷たすぎて甘えられない」などと言われ、挙げ句のはてには可愛らしい後輩の子に乗り替えられれば、男性に対する期待も好感度も下がると言うものだ。    表情に関しては自分でもマッサージしたり鏡を見て表情を作ったりと頑張ってはみたのだが、あまり変化はなかった。こういう人間もいるのだと開き直るしかない。    性格的にもそう甘えられるタイプではないので、可愛げというのがないのも理解できる。    これでは一生結婚も出来ないかも知れないが、結婚が全てではない。趣味を楽しんでもいいし、仕事もしてれば生活は出来る。  そして、美味しいものを食べて生きて行ければ、それなりに楽しく暮らせるのだ。    って言うか美味しいもの食べる楽しみを奪われたら、私の人生の満足度がどーんと下がってしまう。  何としてでも町での生活を押し通すのだ。     「──分かった。いいよ」    気合いを入れ直し、更にお願いをしようとしていた私は、   「……は?」    と思わず気の抜けた声を出してしまった。   「あの、町で暮らせるんですか?」   「うん。使用人用に確保してある家が幾つか空きがあるからね。といっても長屋みたいなところだけど、それで構わなければ明日にでも暮らせるよ。掃除させとく。  あ、ちゃんと閂はついてるから安心して」   「本当ですか? ありがとうございます!!  すごく嬉しいです!!」    私はまさかこんなにスムーズに話が進むとは思ってなかったので驚いたが、常磐様の気が変わったら大変だと慌ててお礼を言った。     「それは良かった。  ──だけど、私も一緒だからね」   「ええそれはもう……は? 一緒?」   「うん、一緒」          私は頭痛が痛い、というのはこんな気持ちなのかと初めて理解した。                
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