念願の町民生活オマケ付き

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念願の町民生活オマケ付き

 朝食のおかゆを珍しく塩気のある漬け物で頂き、仕事場に向かう。  今日はいつも寝ている常磐様もいそいそついてきた。        私が町の長屋に住んでそこから通う、というのは黒須さんは特に反対はしなかった。むしろ手間が減って助かる位の気持ちだったかも知れない。    だが、常磐様が「私も一緒にね」と言うと、当然ながら大反対されていた。  やーいやーい。もっと言ってやれー。     「王が使用人の長屋に住むって、何言ってるんですか。何のために王宮があるとお思いで?」   「うんそうだねえ。でもさ、私は殆ど仕事以外はベッドでゴロゴロしてる生活だろう?  少しは町で民の生活を学べば、これからより良い治世が行えるんじゃないかと思うんだよね」      黒須さーん、この人絶対にウソついてまーす。  ただのリア充でーす。民の生活より己の暇つぶしに全力を注ぐタイプでーす。真顔でウソつける人でーす。     「……しかし、こんなのでも女ですよ?  流石に一緒に暮らすのは幾らなんでもまずいでしょう。万が一間違いでもあったらどうされるのですか?」    ……私へのディスりを挟んで来るのは止めてくれないだろうか。    一応こんなのでもチチはB……Cカップはあるし、運動してるからお尻もボデーもそれなりに引き締まってるぞー。美女ばかりの国じゃ霞む地味顔だけれどもー。   「黒須、私が閨に女性を入れなくなってどのくらい経つと思うんだい? もう500年はとうに過ぎてるよ。  私はもう打ち止めだよ、どんないい女でもそうでない女でも勃ちもしないよ」   「それは……ですがっ……」      黒須さんの勝利を祈りながらも、なるほど長生きして枯れているのならば、お爺ちゃんと一緒みたいなものか、それならまあ別に問題はないか、などと思っていると、   「──私はね黒須、お前に面倒ばかり掛けている自分をこれでも反省しているんだよ。これから少しは黒須の負担も軽減できたら……そんな風にも考えたりしてね」   「常磐様……!」      はーい騙されてますよー。『考えてる』って言うのは『気持ちだけの応援』も含まれてますからねー。  インナーワールドで終わる可能性大ですよー。    黒須さんは見た目はガッシリした短髪の軍人さんみたいな生真面目そうな人で、常磐様より上に──30代に見える人だが、聞くと常磐様より千年以上は後から生まれた【ひよっこ(常磐様談)】らしい。    元はかまいたちの妖しさんだそうだ。  そのかまいたちの鋭い刃が常磐様に働かずに、何故私にしかサクサク刺さらないのだろうか。      そして、やはりというか、ひよっこを丸め込むのは伊達に長生きしている訳ではない常磐様に軍配が上がっていた。    黒須さんチョロいんだなあ。常磐様を尊敬してるとか言ってたし。学習しろ学習。      ちょうど夫婦向けの二間に台所トイレ付きが空いているとの事で、仕事が終わるまでに掃除して布団や服など必要なものを運び込んでおいてくれるそうだ。  銭湯は徒歩数分のところにあるとか。  いやあ、広いお風呂はいいですねえ。    黒須さんに今度お礼をしなくては。         「いやあ良かったねえ、広い部屋も空いてて」    常磐様が私の隣を草履でペタペタと歩きながら、機嫌の良さそうな声で話しかけてきた。   「この国は王様の管理が甘いですね。護衛とかどうするんですか」   「んー? だって私が一番強いからね。  王宮だと形だけでも必要じゃない、一応さ」      一般的には前に聞いた防御のための結界というのが張れる程度の妖力が普通らしいが、常磐様は更に火の術を操れるらしい。    平和な状態が続いているので全く使う機会がないが、一面焼け野原にしたり程度なら簡単だとか。     「あ、じゃあお湯沸かしたりするのに火を起こしたりも出来ますか?」    せっかく台所があると言うのだから、自分でお米を炊く以外も、せめてお茶淹れ位はするつもりだが、ガスもないし、火を起こすの大変かなあと思っていた。    しかし救世主がここに!   「ナノハ……私にそれを求めるのかい?  私は王なのだけどねこれでも」   「働かざる者食うべからず、って言葉がありまして。  日本では現在の常磐様の状態は【引きこもり】とか【ニート】と呼ばれているのです。  え、まさか焼け野原限定なのですか? 小さな火を起こすのは無理とか……」   「……いや、出来るよ、出来るけどね」   「なら良かったです。これでお米を炊くのもお茶も楽チンですね」   「? ナノハ、ご飯はいいがおかずはどうするんだい? 味噌汁だっているだろう?」   「私は料理と言うものに全く、これっぽっちも才能がありません。全て出来合いの物を購入するつもりです」   「日本では料理をしない女性が普通なのかい?」   「いえ。大概の女性は料理をしますし、外で食べるより美味しい料理を作る方は大勢います」   「なら何故ナノハは作らないんだ? あれだけ食べるものに情熱を注いでいるのに……」   「作るのも食べるのも好き』、というのと『食べるのが好き』というのは、似て非なるものです。  いいですか? 食べるのが好きなら作るのも好きというのは思い込みなのです。人によるのです。  人には向き不向きと言うのが──」   「分かった! 分かったから落ち着いておくれ。  私が悪かったよ」   「意見のすり合わせが済んで何よりです。では私は仕事に戻りますので夕方にまた門の所で」    私は一礼すると常磐様と別れた。  恋人が家に来た時でさえも、迷う事なく出前を取った私を舐めてもらっては困るのだ。      王様だから、自分の世話も使用人がしているだろうし、私に全部やらせるつもりだったのかも知れないが……おっと、もしかしたらこれで町暮らしが鬱陶しくなって私一人で暮らせるかも知れない。    そうだ、間違いない。  まあ火を起こすのは面倒だけども、一人暮らしは悪くない。ようやく日本での落ち着いた日々が再びだ。          少々浮かれた私は、もうすっかり常磐様はいないものだと思い込んでいたので、門の所で「やほー」とばかりに手を振っていた常磐様をみて、少し……かなりガッカリしてしまったのだった。                
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