壁越し恋模様

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壁越し恋模様

「あの、」  今日こそは言おう。貴方が夜遅くにギターを奏でるのが迷惑なんですって。そう決めて隣室のインターホンを押したはずなのに、出てきた彼に咄嗟に私が放った言葉は思っていたのとは全く違うものだった。 「その曲、好きなんですか?」  寝癖でボサボサになった頭、ダルダルになったロングTシャツ。片々のサンダルに足を突っ掛け気だるげな表情で出てきた隣人が 「好き」なんてはにかむものだから、 「私も好きなんです」私はそれ以上何も言えなくなってしまったのだった。  話は二ヶ月前まで遡る。桜が咲き誇る季節、地元を出て大学に進学した私は初めての一人暮らしに夢を抱いていた。見学に行ったアパートは外観も綺麗だったし、家賃も安くて文句なしだった。アパート選びが上手く行ったからこれからの大学生活も上手くいく気がしてわくわくしてた。  ……なのに、いざ住んでみると問題が出てきた。  隣室は男の人だった。それは別にいい。問題はその男の人が毎夜、エレキギターを奏でながら熱唱することだった。  彼の演奏は文句なしに上手い。それはもうドラムやベースの音まで聞こえてきそうなくらい。彼の演奏は完成度が高く、そしていつも余韻に浸ってから次の曲に移る。そして一通り歌い終わってからシャワーを浴び、就寝する。  誤解しないでほしい。私はストーカーじゃない。壁が薄いだけ。ただ、寝る前に静かな音楽を聴くのが趣味な私は激しくロックな音楽を聴かされるのにちょっと、いやかなり迷惑してる。何時頃クレームをつけに行くべきかくらいは把握しとかないと。  と言うのも大家さんに隣室の彼がどんな人なのか聞いてみた時、返ってきたのが「オオノさんは演奏の邪魔をすると怖いよ」という台詞だったので、今流行の壁ドンをしてみようかという計画は中止にして、絶対に演奏を邪魔するまいと誓った。
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