第1章:名探偵と美少女と召使い

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  「・・・ママがいなくなって……もう、一年になるんです…っ」 「一年、ね…。警察には既に連絡してるって電話でも言ってたよね。改めて確認するけど、それは間違いないんだね?」 「あっはい…!パパが捜索願いは出してるって言ってました。けど、なんの進展もなくて…」 「ふむ、なるほどね…」 探偵は神妙な面持ちで、真凛亜ちゃんの話をじっくりと聞いていた。 「・・・っ」 けどオレに至っては内心、とてもじゃないが穏やかな気持ちではいられそうになかった。 …呆気に取られる、とはまさにこのことかもしれない。 すると探偵は、オレの異変に気付いたのかすぐに声をかけて来た。 「…召使いくん?なんて顔しているんだい?」 「え、だ…だって、あまりにも衝撃的すぎて…こんな、こんなことって…ッ!」 …母親が一年も前から行方不明? しかも、警察に捜索願いを出しているのにも関わらず何の進展もないだって? ーこんなの、明らかに事件じゃないか。 「こらこら。そんなに騒いだら真凛亜ちゃんが怯えてしまうよ」 「だ、だけどこんなの…探偵の手に負える問題じゃ……」 「いいから。今はちゃんと真凛亜ちゃんの話を聞くんだ。いいね?」 「…っ」 なんたって探偵はこうも落ち着いていられるんだ。 オレはそれが不思議でたまらなかった。 「召使い、さん…?」 「・・・ま、真凛亜ちゃん…っ」 だけど、探偵の言うこともあながち間違いではなかった。 真凛亜ちゃんは、案の定怯えた様子でオレの顔色を伺っている。 …悔しいけど、ここも召使いの件と同様に探偵の言う通りにすべきなのかもしれない。 つい、感情的になってしまうのはオレの悪いクセだ。 「…ごめんね、びっくりさせちゃったかな」 オレはなるべく笑顔を意識して再度、真凛亜ちゃんに話しかける。 「でも安心して欲しいんだ。この探偵…じゃなかった。ホームズさんが、必ずママを探して来てくれるから」 「ほ、本当ですか…?」 真凛亜ちゃんの視線が自然と探偵の方へ向いた。 すると、探偵はウインクをしてお馴染みの言葉を述べた。 「もちろん。二言はないよ」 不本意だけど、ちょっとだけカッコいいと思ってしまった。 その自信はどこから出てくるんだと思ったけど、あえて何も言わずにしておいた。 「……ッ…ホームズさん!召使いさん!ママのこと、よろしくお願いします!!」 真凛亜ちゃんは頭を下げてこう言った。 こんなに小さいのに…しっかりしてるなぁなんて、思わず感心してしまう。 「あ、そうだ。これ…ママの写真です。」 そう言うとポケットから一枚の写真を取り出した。 …2~3才くらいだろうか? その写真には、かなり小さな真凛亜ちゃんらしき女の子と、その女の子を抱っこしている女の人が一緒に写っていた。 その女性は真凛亜ちゃんと同じほんのり茶色のロングヘアで、それはそれは綺麗な人だった。 「…ありがとう。でも…これ、随分前の写真なんだね。」 「?いけませんか…?」 「あ、いや…そういうわけじゃないんだけど…なるべく最近の写真の方がいいんじゃないのかなって」 「……ごめんなさい。ママの写真…これしかなくて…っ」 え、これしかない…? 「あ、そう…なんだ。ところで…真凛亜ちゃんて、今いくつ?」 「?12才ですけど…」 「そ、そっか。わかった。ごめんね、変なこと聞いて…」 「いえ…だいじょうぶです」 ううっ…また余計なこと言っちゃったかな。 でもこの写真を見てしまった以上、聞かないわけにはいかないと思った。 …探偵は何も聞かないつもりなんだろうか。 「さて、真凛亜ちゃん。この写真、ありがたく参考にさせてもらうよ」 「はい!お役に立てるなら嬉しいです」 どうやらそのつもりらしい。 何も聞かず、探偵に限っては何食わぬ顔でその写真を受け取っていた。 …まさか、気付いていないのか? この写真からすれは既にもう十年は経っているのは明らかだ。 つまりそれは母親だって、同じ時が経っているということになる。 だとすると、この写真じゃ母親を探す手掛かりにはならないことくらいすぐ分かりそうなものなのに。 いやまあ、確かに雰囲気くらいなら分かるかもしれないけど……一応、伝えてみるか…? 「…あ、あの」 「おや、召使いくん。キミの仕事はお茶を入れることだろう?」 すると、探偵は間髪を入れずに突っ込んできた。 どうやらオレは本当にただ見ることしか出来ないみたいだ。 「・・・分かりましたよ。」 仕方なく、オレは二杯目のお茶を用意することにした。 「あっあの、私…そろそろ帰ります。」 「でも…お茶のおかわりくらいは飲んでいったら?」 「ありがとうございます。けど、お話し終わったらパパが早く帰って来なさいって」 「そう、なんだ…それじゃあしょうがないか…」 よっぽど心配性の父親なんだろうか。 だったらこんな小さな女の子に依頼なんかさせに来ないで、自分でくればいいのに。 それか一緒に来るとか…それが出来ないくらい多忙な人なんだろうか。 そう考えると、ちょっとだけ不便に思ってしまう。 「ok.じゃあ、召使いくん。依頼人のお帰りだ。扉を開けてあげて」 「は、はい!」 すっかりこの対応にも慣れてしまった。 順応性の高い自分に若干引く。 「…召使いさん。お茶、ごちそうさまでした。美味しかったです!」 帰り際、小さな声で真凛亜ちゃんは言った。 …良かった。少なくとも、喜んではくれたみたい。 「…また、飲みにおいで。」 「はい!ありがとうございます!」 そうして少女は最後の最後でとびきりの笑顔をオレに見せてくれた。 そして、そのままその場を後にしたのだった。
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