土饅頭

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 まだ日が昇る前。  夏の匂いの残る生ぬるい風が、むき出しの首をねっとりと舐めていく。 「ここまでくりゃ安心か」  警部は手に握るシャベルで土を掘りはじめた。赤ん坊を抱いた部下は息を切らしている。 「ここは本当に過去なんですね」 「ああ。で、こいつは確実にあの凶悪犯だ。この奇跡で俺達が行動すれば、およそ数百人の命が助かるんだ」  掘り終わると、警部は赤ん坊を抱き上げた。赤ん坊は泣きもせずじっと警部を見つめている。彼は一瞬、こいつも未来の記憶だけが過去の体に飛ばされてきたのか。と思った。  赤ん坊は埋められた。  中学生の身体の警部は部下の肩を軽く叩く。 「足がつかないように俺達はもう会わない。どうしても連絡を取りたい場合は今埋めたホシの名で手紙を。俺達しか知らない名を使えば互いに、わかるだろ」  張りつめた顔の小学生はうなづき、二人は別れた。  県境の山中。朝日に照らされて、土饅頭がひっそりと輝いていた。            
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