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「なんだ、今帰ってきたのか」
「・・随分と遅かったわね」
「ッ!父さん…母さん…」
家に帰ると父さんと母さんが玄関にいた。
どうやら丁度父さんが帰って来たところだったらしい。
母さんがお出迎えしているところに、オレは偶然その場に居合わせた。
「…珍しいな。お前、休みの日に出掛けていたのか?」
「う、うん…」
「なら勉強はどうした。勉強は。お前に遊んでる暇なんてないだろう」
「大丈夫よ、あなた。そのぶん今からちゃーんと勉強するのよね?兎馬」
「これから、するよ…」
帰って早々これだ。
…だけど、これもオレの日常の一つだった。
学校や塾ではイジメ地獄。そして家ではイジメではないものの、勉強地獄だ。
終夜くんは心配してくれない両親のことをについて色々思うところがあったみたいだけど、オレの家族の場合は心配し過ぎてどうしようもない。
…ことあることに勉強勉強って、オレの頭の心配ばかりするんだ。
だから決まって、オレはいつもこう答えていた。
「…心配しなくても大丈夫だよ」
それだけを言い残して、オレは二階に上がった。
もちろん、父さんと母さんの返答なんてのは当然ない。
「ふう…」
ようやく自分の部屋に入ることが落ち着くことが出来た。
でも、だからといって休んでる暇はない。
オレはそのまま勉強するために机に向かった。
…勉強。勉強しなきゃ。
後で母さんと父さんに勉強した証拠を見せなきゃならないんだから。
「……それにしても、今日は疲れたな…」
いつもならこんなこと思ってても口にしないのに、今日は自然と口から溢れてしまった。
なんたって今日は色々なことがあり過ぎた。
「ああ…だめだ…今日は勉強…無理、かも…寝そう…」
体力の限界…というより気力の限界だったのかもしれない。
机に向かいながら、うつらうつらと意識がだんだん遠退いていくのが分かる。
「……………。」
時すでに遅し、オレはそのまま意識を手放したのだった。
*
ー翌日。
スマホに一件の着信が入ったことによって、オレは目が覚めた。
「…?」
頭の中はまだ夢うつつ状態。
だけどこの電話の相手はなんとなく予想が出来た。
…おそらく母さんだろう。
昨日は結局寝落ちしちゃったせいで、勉強の報告が出来なくて…晩ご飯も食べられなかった。
勉強…出来なかったけど、せめて朝ごはんくらいは食べさせてもらえるように、お願いしないと。
緊張しつつ、電話に出る。
「か、母さん…!あの、実はね…」
電話の相手を確認しないまま、言葉を続けた。
すると、想定もしてなかった声が電話の先から聞こえた。
「おはよう、兎馬くん。お母さんからのモーニングコールじゃなくてごめんね」
「…え?」
まだ、オレは…寝ぼけているんだろうか?
「どうしたの?もしかして寝ぼけてるの?僕のこと分からない?」
心臓の鼓動が、少しずつ早くなっていくのがわかった。
…この声の主が、分からないわけがないのだ。
「しゅ、終夜くん…?」
「うん、そうだよ!電話出る時に名前の確認しなかったの?いきなり母さんなんて呼ぶからびっくりしちゃったよ」
「ご、ごめん。えと…どうしたの?」
「用っていうか…昨日の答え、聞かせてもらおうと思ってね!今ちょうど終夜くんの家の前にいるんだ」
「は…?」
…答え?
それって…昨日言ってたオーディションのこと?
いや、それよりも終夜くんは今、何て言った?
・・・家の前にいる?
「…嘘だと思う?」
動揺に気付いたのか、終夜くんはこんなことを言い出した。
慌てて弁解をしようとしたが、玄関から聞こえたインターホンの音が、オレの言葉を遮った。
…本当に、来てるんだ。家に…終夜くんが…っ
「……っ…」
ー心臓の鼓動が、より一層早くなる。
ドッドッドッ…と、自分に聞こえるくらいに。
「ねぇ、開けてくれないの?」
終夜くんは電話口で、オレの返答を待っているようだった。
どうしよう、下には母さんと父さんがいるかもしれないのにーー
…このままじゃ、終夜くんの身が危ない。
「あ、開けるから…そこで待っててッ!!!」
オレは大袈裟にそう言うと、慌てて玄関に向かった。
どうか…どうか、母さんと父さんが出かけていますように。
…そう、心に祈りながら。
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