Chapter1:死にたがりオーディション

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  玄関に行くと、既にそこには母さんと父さんの靴はなかった。 ということは、母さんと父さんは必然的にもう出かけたということになる。 「…よ、良かった…っ」 オレは心から安堵した。 けど、ほっとしたのも束の間、本当の問題はここからだった。 開けると言った手前、今更開けないわけにもいかない。 しぶしぶ、玄関のドアを開けた。 「兎馬くん!」 「・・終夜くん」 勢いよくドアから顔を出す終夜くん。 まさか、こうして家に来るなんて思いもよらなかった。 …電話で済まそうと思っていたのに。 「…あの、大丈夫?」 「え、なにが?」 「いやさっきの電話…ちょっと慌ててたみたいだったから…何かあったのかなって」 「う…ううん、大丈夫だよ。単なるオレの早とちりだから心配しないで」 終夜くんは不安そうな顔でオレを見ていた。 けど、いくらなんでもアレについては言えない。 「えっと…じゃあ、上がってもいいんだよね?」 「う、うん……っ」 ーその時、オレは見てしまった。 終夜くんの手元にあるーーあの資料の存在を。 わざわざビニールの封にいれて、両手に持って大事そうに抱えている。 「…先、二階行ってて。オレの部屋…二階だから」 「終夜くんは来ないの?」 「オレはその…飲み物持ってくるから!」 「わかった、待ってるね!」 ひとまず終夜くんを先に行かせたのは良いとして、オレはどうしたものかと頭を抱えていた。 とりあえず飲み物を取りにキッチンに向かう。 飲み物はそうだな…無難にオレンジジュースでいっか。 「…コップ、と」 こんなのは単なる時間稼ぎにしかならないことくらい、オレにもわかっていた。 無駄な抵抗と言われれば、そうかもしれない。 実際にオレの答えは未だ変わらないのだから。 だから、後の問題はどう言えば終夜くんは納得してくれるかなんだよなぁ…。 たかがジュースの準備、そう時間はかからない。 けど、心の準備くらいは出来たと思う。 「……さて、いくか」 * 部屋に入ると、終夜くんはベッドの上に座っていた。 「あ、兎馬くん!ごめんね…どこに座っていいか分からなくて…」 「・・別にいいけど」 ほんの少し戸惑ったけど、気にしないことにした。 持って来たジュースを机において、オレは椅子に座る。 …いくらなんでもオレまでベッドに座るわけにはいかないし。 「ジュース、ありがと」 「…うん」 まずは、互いにジュースを手に取り一口飲んだ。 …なんかこの流れ、妙にデジャブを感じる。 「…あの、兎馬くん」 「なに?」 最初に切り出したのは、終夜くんだった。 何を言われるかは、既に分かってはいるんだけど…やっぱりドキッとしてしまう。 「その…答えを聞かせてを聞かせて欲しいんだ」 「…っ!」 案の定だった。 どうしよう、昨日のこともあるから…どうしても緊張してしまう。 …でも、いくら聞かれたところで変わらない。 終夜くんには悪いけど、正直に言わなきゃ。 「…ごめん。やっぱりオレは…受けたくない…っ」 今度こそ終夜くんの顔を見て言った。 ちゃんと目を見て、真っ直ぐにぶつけた。 すると、終夜くんは一瞬だけ驚いた顔を見せた。 そして、そのまま下を向いて俯く終夜くん。 …俯いてるせいで顔は見えなかったけど、すするような声が聞こえたことで、泣いていることが分かった。 親友を泣かせてしまった。 ・・心が痛い。 「ご、ごめんなさい…」 謝ることしか出来ないオレをよそに終夜くんは未だ顔を上げようとしない。 「終夜くん…?」 不安になり、おそるおそる声を掛ける。 すると終夜くんは俯いたまた小さな声で何かを呟き始めた。 「ふふっ…だよねぇ…うん、もう…分かっていたよ。なんとなくこうなるんじゃないかなぁって…」 泣いていたかと思えば、今度はやけに饒舌だ。 表情こそは見えないものの、フフッという小さな声から察するに笑っていることが分かる。 「ーだからね!前もって僕が、友達紹介しておいたよ!」 「へ…?」 次は勢いよく顔を上げ、にっこりと笑う。 それもかなり嬉しそうに満面の笑みを浮かべていた。 「友達…紹介…?さっきから何言って…?」 「…はい、だからこれ!」 全くもって聞く耳を持ってくれない。 何一つ理解出来ないまま、話だけが進んでいった。 強引に押され、されるがまま。 そして、最終的に終夜くんは手に持っていた資料をオレに押し付けて来た。 「えと…これなら、昨日も見たけど…?」 「いいからいいから!」 終夜くんは絶えずニコニコと笑っている。 「…?」 腑に落ちないと感じつつも、改めてその資料の入った封を手に取った。 するとそこには、目を疑うようなことが記載されていた。 宛名は【月鎖兎馬様】の文字があり、入原終夜の名前ではなくーー何故かオレの名前が、記されていたのだ。
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