門出

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 雪をよける傘から金髪が覗いたのを見て、森島有高(もりしまありたか)は巡査の姿を周りに探した。  日が暮れた後の真金町を歩くには相応しくない後ろ姿を案じるうちに、二年も前に居留地制度が廃止されたのを思い出した。すると和傘に金髪という和洋折衷のような見た目の娘が、良くも悪くも玄人めいた印象を持つ。彼女の行く方にはちょんの間があって、外国人の妾になった遊女の子供も客を取っているという噂だった。  彼女が花街の住人ではないことを有高は願う。自分が知らない女性が身をひさぐ生き方をしていたら、診療所に引っ張り込んででも診察をしてやろうと思った。  有高が自らの診療所を開いた時、真金町には既に永真(えいしん)遊郭があった。火事に見舞われた港崎(みよざき)遊郭を前身とし、明治十年(一八七七年)に移転してきたものである。  有高の診療所は遊女たちの性病検査を担う梅毒病院の役割も兼ねることになった。それからの二十年間で数えきれない遊女たちと対面したが、忘れた顔はないと自負している。身請けされた者も、年季が明ける前に力尽きた者も、有高は等しく名前を脳裏に刻んでいた。
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