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寡黙だったけど優しい父親。娘には一度も手をあげたことはないと豪語していた父だったが、一度だけ娘の頭を叩いた事がある。
親戚の男の子が夏休みにお泊まりに来た一週間。毎日のようにその子とはケンカばかりで父さんにはやめなさいと叱られていた記憶。
そして迎えたお泊り最終日の朝、新聞を取りに外に出ていた父がリビングに戻った時、親戚の男の子と私は大きな声をあげ号泣していた。その姿を目にした父さんは、初めて怒鳴り手をあげた。
「最後の日ぐらい仲良くしなさい! 喧嘩両成敗だ!
バンッ! バンッ!」
丸められた朝刊で頭部に一発ずつ思いきり叩かれた記憶が蘇る。
それでも泣き止まない二人に対し父さんは更に強い口調で問いただす。
「朝から何をしたんだ! 言いなさいっ!」
どちらかが嫌がらせや悪戯をしたと思い込む父は厳しい目をしていた。
「ちがうの……、ちがうの……」
「何が違うんだ! いい加減にしなさい!!」
「ちがうの……、ハムちゃんが……ハムちゃんが死んだの……」
霞がそっと小さな手のひらで握りしめていた両手を開くと、小さく丸く固まった大切に育てていたペットのハムスターの姿――。
「……」
父さんは二人を抱きしめ何度も頭を撫でながら泣いていた。
リビングには三人の零れ落ちる涙と泣き声が響く。
「もうっ、あの時の父さんの顔は今でも忘れられないの」
そんな昔ばなしを懐かしむ中、霞は父と母を見つめ語りかける。
「お父さん、お母さん……、
いままで立派に育ててくれて……
……、
……、
あ……、
ありがとう……」
溢れる涙で霞の声は言葉にならない。
母は下唇を噛みしめながら涙を堪え、父の細い眼は泣いている様にも思えたが優しく微笑んでいた。
「霞、約束したでしょっ! 泣くのは明日!」
母の言葉に霞は頷く。
「ごめんなさい。でも、言わせて……」
涙を拭いながら懸命に霞は言葉にする。
「お父さん……、
お母さん……、
私、二人の様に幸せな家庭を築きたいと思った……。
自分に素直に生きてきて、
大切な彼に出逢ったの――、
二人と同じくらい大切な人と……
明日――、結婚します」
霞は堪えきれずに母の胸へと飛び込んだ。
父はその二人の姿を何も語らず最後まで微笑みながら、じっと見つめていた。
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