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3 セントラルタワー
「君は行かなかったのか……」
困惑したようにイチイ市長が言った。
「何か理由があるのかな?」
「ただ、行きたくなかっただけです」
サキはそっけなく答えた。
「行きたくない? 南に行くのは鳥人の本能ではないのかな?」
市長は落ち着かない様子で薄くなった頭をさすっている。
「もしかして君は……」
「違います」
サキは冷たいぐらい冷静な声で、はっきりと言った。
「僕は正常です。ただ、そういう気分じゃなかっただけです」
市長は何度も頭をさすった。
サキはセントラルタワーの最上階にある市長室に呼ばれていた。
人間と鳥人は生活区域が東と西とで分かれているが、タワーがあるのは共有区域の中央区だ。
六十階建ての白いロウソクような円柱型のタワーは、その中に役所や食堂、娯楽施設などが雑多に詰めこまれ、誰でもが自由に出入りすることができる。ただ、サキもそのすべてを把握はしておらず、使われていない部屋もたくさんあった。
最上階の市長室は壁一面が窓になっていて、継ぎ目のない窓硝子がはまっていた。天井が高く、家具も少ないが、裸の女性を描いた趣味の悪い絵画が飾ってあった。
持て余していそうな大きな机を前にして、これまた大きな椅子に市長は座っていた。少し小太りで、顔も丸く、たれ目で常に笑っているような顔をしている。
けれど、こういう人のよさそうな顔をした人ほど信用できないものだ、とサキは思った。
いや、というより、彼は人間自体に好意を持っていない。
もちろん、人間に警戒心を持つことは鳥人の本能といえるものだが、サキの場合はその度合いが強いようだ。
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