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そう言おうとして言葉を飲みこんだ。
それは、小さな針のようにのどやお腹をちくちくと刺していった。
スバルの泣き声が雨音のように聞こえた。
カーテンの隙間からのぞく空はいつものようにくすんでいる。
「泣くなよ」
サキはたまらずに言った。
「うん」
サキは目を閉じた。
大きく温かい手のひらが頬をさわる感触がよみがえってきた。
あれは父親の手だ。
鳥人は生まれたときの記憶を鮮明に覚えている。はじめて産声をあげて、目を開いたときに両親がのぞきこんだその顔を忘れることはない。それは良いことなのか悪いことなのか、サキには分からない。
もしも、理性を失ったらその記憶はどうなるのだろう。記憶は理性によって保たれているのか、それとも、本能によって守られているのだろうか。
「ねえ」
サキは我に返った。
スバルが潤んだ瞳でサキを見つめていた。人間の瞳は透き通ってはいないけれど、涙が光を含んで宝玉のようにきらめいている。
「鳥人は冬でも飛べるでしょ? 雨の日だって、雪の日だって、鳥人は飛べるでしょ?」
ふいに、セナが死んだ日、雪が降っていたことを思い出した。
スケートを滑っているときには降っていなかったのに、横たわるセナの身体にはいつの間にか降りはじめた雪が積もっていた。粉雪が翼の上に落ちて粉砂糖をまぶしたようにきらきらとしていた。
けれど、セナの呼吸が止まると、翼は黒く朽ちて雪の中に闇を作った。
「でも、お前は鳥人じゃない」
「でも、僕は飛びたい!」
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