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「知りたいか?」
「知りたくない」
ジールは笑った。
「とにかく、兄貴に心配をかけたくないなら、南に行けよ。本能に逆らうほどの意志の強さには関心してやってもいいが、いいことなんてひとつもないんだぞ」
「よけいなお世話だ。僕の勝手だって言ってるのが、聞こえないのか?」
「サキ」
ジールは冷静な表情になった。
嵐が来る前の鬱蒼とした黒雲のような目で、サキを見下ろした。
サキは怒りをそがれて、後ずさった。
足下に散らばる羽毛は、朽ちた花びらのように茶ばんで萎れていた。
ジールの黒い羽根は抜け落ちたあとどうなるのだろう、とふと思った。カラスのように黒光りした翼は、不吉な予言を記憶から呼び覚ますような怪しげな色を帯びている。
「やっぱり、飛ぶのが怖いんじゃないのか? それなら――」
「違う!」
その鋭い否定に、ジールも驚いたようだった。
「違う。飛びたくないだけだ」
サキの透き通る瞳が揺れていた。
「そうか」
ジールは言う。
「サキ、よく考えろ。本能に逆らうな。自分を鳥人だと思うなら」
「どういう意味だよ、それ……」
ジールは何も答えずに去っていった。
取り残されたサキは冷たい風にさらされていた。
縮こまった翼は風除けにもならなかった。ただ、昇りはじめた朝日に美しく輝くだけだった。
朽ちた羽根が風にさらわれ地上へと落ちていく。
人間たちはまだ羽根の後始末に追われている。今日一日は街の掃除で終わるだろう。
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