カッコーの巣の下から叫んで

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カッコーの巣の下から叫んで

 「俺を見ろよ」  「そんなに俺が嫌いか」  相手は答えなかった。  「俺を無視するなよ」  誰も俺を見なかった。俺は項垂れる。  俺は暴れていた。誰彼構わず怒鳴り散らした。気づいたら妻も子どもたちも、孫さえもどう見たらいいのかわからなくなっていた。  遡って想いをはせてみれば、俺は「長男だから大切に育てられたせいで」こうなったんじゃないか。そう思ったことをゆっくり呟いた。  近くに気配はするのに、やはり沈黙しか返ってこなかった。  どこか遠く、はるか遠くから「何かが違う」という声も聞こえるが、わからない。    俺の親父は、愛人に産ませた子をお袋に育てさせた。  行方不明になった愛人の異母弟。  お袋の気持ちを踏みにじり蔑ろにし、親父はお袋にその異母弟を押し付けた。  そして都合のいい時だけ異常な形に溺愛したように俺には見えた。    カッコウという鳥は己の卵を別の鳥の巣に落とし、その巣の宿主鳥に育てさせるという。カッコウのメスは周到に宿主のいない隙を見計らい、産んである卵を1個抜き取ると代わりに自分の卵を産み込んでゆく。  自分で巣を作らず、卵も抱かないカッコウ。    俺の異母弟は、カッコウの気の毒な雛鳥だ。  俺は本来の巣の宿主・お袋の子どもじゃないのか。  カッコウは異母弟を捨てて行方不明になった親父の愛人女性だろうか?  いや、本当のカッコウは俺の親父じゃないのか?  俺には親父が異母弟を育てる事をカッコウの如く、無理矢理お袋に押し付けたとしか思えず、腹が立って仕方がなかった。  俺は親父が許せなかった。    本当は俺は何が許せなかったのだろう。  もっと他にも色々あった筈だが、あり過ぎて思い出せない。    俺は大人になってから何をしたのだろう。  妻や子どもたちは何をしている?  あんなに色々してやったのに。あいつら一体何を言っているんだろう。  娘が俺の棺桶を蹴った。なんて親不孝な奴だ!  真っ暗だ。  誰だ?俺を捨てたカッコウがそこにいるのか?  カッコウの巣の下から、俺はずっと叫んでいた、いや怒鳴っていた人生。  本当は泣いていたのかもしれない。  カッコウのお迎えが来た。  黒い車が田んぼ道を走る。俺はその車に乗った。  暗幕が降りる。  「高いたかーい」  俺は赤ん坊になって、誰かの両手に支えられて宙にあげられていた。  両手の主は若い男だった。なぜか笑顔がお袋に似ている。  ちがう。この人はカッコウじゃない。  「高いたかーい」  もう一度声がした。今度はどこか昔に聞き覚えのある女の声だ。  と思うと、上から光が差し込んだ。  光に向けてハシゴが見える。  俺はそのハシゴに右足をかけてみた。
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