包帯の島

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包帯の島

 いつの間にか、一夜明けて気づいたら身も心もボロボロになって俺は無人島に流れ着いていた。  辺りを見回し、軽く探ってみたが人っ子一人いなかった。  この島がどのあたりなのかすら、全くわからない。  携帯電話も圏外の謎の島。  わかるのは、これまでの人生そのものがずっと傷つき過ぎてきた事。  その傷みが頂点に達し、安心を得られる遠くへ行きたいと追い詰められ、どこでもいい、兎に角ここではないどこかへと息が出来る場所を求め、緊急避難的に飛行機に飛び乗った事くらいだった。  記憶が曖昧だが船に乗ってない事は確かだ。飛行機が海に落ちてここに流れ着いたのだろうか。  ここから出るにもなす術がなく、漫画みたいにSOSと大きく砂浜に書いてみたりと救助してくれる飛行機や船が気づいてくれないか思案しつつ、仕方なく置かれた環境で生きてみるサバイバル生活が始まった。  まぁある意味これまでの人生もサバイバル生活だったと言ってもいいわけだが、違う意味での「本来の」サバイバル生活の始まりだ。  昔観た無人島で暮らす話の映画やアニメのように、いま在る現状の中で工夫を凝らして生きるしかない。  時折俺のように海の向こうから何かが漂着してくる。それらは一見ガラクタの様に見えても、工夫次第で「獲物」や「戦利品」となって活用できるので有難かった。不便を感じる反面、俺は気持ちが凪いでいくのを自覚した。  無機質な人口建造物の街と雑踏の中にひとりでいた時よりも、無人島の中でひとりでいる方が孤独や不安を感じにくい、むしろ安らぎさえ得られるという感情の一面を否定できなかった。  予想外の展開だったが、ある意味本来の緊急避難的な目的は果たされているかもしれない。  何もないようでいて、自然からの美しい景色、風や匂い、青い空、夜の星空や月がある。ビルに籠って凄惨なNEWSを聴かされたり、PCと睨めっこ作業だった日々とは違う。言えない味わってきた生き地獄体験とも雲泥の差。  俺には当たり前が何かもわからない。ただ色々なものを五感で感じ解放感で癒される気がした。  携帯電話が圏外になったのも見方を変えれば、見えない太い鎖で身体を巻かれて拘束されていたのが自由の身になったような気分ともいえる。  俺には文明の利器と社会のシステムに感謝しろと刷り込まれながら、世の不条理と自身の身に起きた数々の傷に、これは甘いのだと言われながら痛い塩を刷り込まれてきた過去が拘束された見えない鎖だった。    不便ながらも慣れてきた無人島生活が数週間ほど経った頃だろうか。ある日、海の向こうからいつもとは違う何かが流れて着いて来た。  今回は物ではなく人間だった。俺と同じ、何もわからない状態で漂着した。  さらに俺と同様、一人でここに漂着するに至るまでの経緯の記憶は曖昧、サバイブな人生を送って来たらしき事も共通していた。俺たちは仲間になった。  とは言えこの島が何処なのか予測もつかず、帰る方法や救助を呼ぶ事に繋げられない。互いに知恵を絞っても帰れる希望の薄さは変わらなかった。    また暫くするともう一人漂着してきた。前回同様、経緯は曖昧だが遠くへ行きたいと旅立った動機やサバイブ人生を送って来た事は同じだった。  さらにまた暫くすると同様に漂着してくる人間が来た。  それは一人ずつ定期的に増えて1週間、3日、1日と間隔も短くなっていき、やがて島は大勢、50人以上にはなった。今後も増えるのだろうか。  漂着してくる者の条件は皆同じ。違うのは年齢性別国籍人種その他色々。  なぜか来るのはこのアクシデント前から既にサバイバーだった人ばかりだ。  俺一人だった島が、今ではすっかり様変わりした。  複雑だが人が増えた分、知恵を絞り合って過ごしやすい生活になっていく。    この島に漂着した者は皆、筆舌尽くし難いトラウマを負っているらしい。  詳しく聴いたわけではないが、傷つけ合う為にここに居るのは誰も望まないのはわかりきっていた。  人が二人いれば諍いは起きるという説もあれば、その逆もある。  もう十二分に傷ついてきた我々はこれ以上望んではいない。一番欲しいものは安心して息が出来る事だった。皆その場所を求めて流れてきた。  我々は些細なきっかけで深い心の傷(トラウマ)のかさぶたが剥がれ、新しい鮮血(後遺症)が出る。その度に互いに手当てをし合い、皆で編み出した『心の包帯』のようなものを巻き合っている。  深い傷を負った事などない誰かが俯瞰して見たら、傷の舐め合いだと嗤うかもしれない。だがこの島では不思議と誰もここの漂着者達に否定的な見解はしなかった。互いにジャッジも非難も、上から目線な一方的な押し付けアドバイスもなかった。安っぽい解ったつもりのズレた言葉もない。そういった二次被害の傷みは既に十二分に経験していた。  ここには無口な者はいないが雄弁な者もいない。  ボス猿のようなマウントを取る者もいない。  意識的か無意識か、傷に触るような言葉も出てこなかった。一度だけ、悪夢で目が覚めたという一人がポツンと呟いた言葉を除けば。  「しあわせな人は、無神経だ。」  誰も否定も肯定もせず、その言葉に反応を示す者はいなかった。皆が皆、ただ疲れているように俺には見えた。  傷つけられ傷つきながら「無神経だ」と非難され更に傷ついた経験もある俺にはその見解が正しいかどうかなんてわからない。第一そんな議論はしたくない、もうどうでもよかった。ただもう傷つく自分に疲れて果てていた。  そこから脱出したくて飛行機に飛び乗ったのではなかったか。  漂着してきた人々の中で言語が通じない場合も、却って「黙して語らず」というように傷には有効だった。もう『語る事そのものが再体験(フラッシュバック)』で鮮血が出る者も少なくない。  この島に漂着した者は言葉が通じなくても「通じていた。」そしてただ包帯を巻くのだ。様々な形で。もう鎖なんかじゃない。  この島は、見えない包帯の島だ。傷を負った心に包帯を巻いて過ごす。  ここから出られるのは、いつだろうか。    
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