『オムライスに ケチャップで そっと』

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『オムライスに ケチャップで そっと』

 余命宣告を受けた。それは突然に。  あと僅か、いつ何時逝ってもおかしくさえないとのこと。  放心状態。そしてフリーズ。融けたと思ったら、なんだか内心笑えてきた。  ああ。私やっと解放されるんだ。  生きるのも死ぬのも怖かった。でも。  自分の事なのに秘密にされて、何にも告げられずに逝くより、ずっといい。          思えば誰だって、「死」なんて隣り合わせだ。  よかった、エンディングノート買っておいて。  思えばずっと 長年我慢してきた。  長い 長い間、真っ暗なトンネルの中を這うように生きてきた。  虐待とは、虐げられるのを待つと書く。幼い頃から不器用に生きてきた。  どうして無理やりにでも、にげられなかったんだろう。    盗んだバイクで走り出せばよかった? あ、そもそも免許なかったわ。  てか、幼くて貧乏で骨折して、自転車さえ乗れなかったっけ。  あの頃は雪国だったけどスキーも買えなくて、一人でポツンと体育の授業見学してたっけなぁ。アハハ。  どうしてじぶんをだいじにできなかったんだろう。  どうして じぶんを 愛せなかったんだろう。  どうして選択を間違えてしまうような馬鹿に生まれてしまったんだろう。  どうして 正しく傷つくことが出来なかったんだろう。  そもそも 正しく傷つくってことがわからない。私馬鹿だから。  この世界に私が生きられる場所はなかった。どこにも。  元々この世界のどこにも。  今までの生きてきた世界の終焉前に、私の人生の終演を。  どうせあとわずかなら。 おもいっきり自分を甘やかそう。  単位も受験も就職も退職勧告も、強制風呂敷残業も、満員電車も、選挙カーとかの騒音も、あらゆる暴力の理不尽も嫌なNewsも、税金とか生活費のやりくりとか、カレシの束縛とか虐待した親の介護からも、全部自由になれるんだ。  太るから、体に悪いからと我慢してきた、ポテトチップス。チョコレート。ストロベリーアイスクリーム、苺が乗ったショートケーキ。色んな種類の炭水化物。それからそれから。  そうだ。オムライスを作ろう。カロリーや糖質なんかも気にしなくていい。  誰かの為じゃなく、自分の為に。  形なんてうまく出来なくたっていい。味や見た目のクオリティなんて、もう誰からの評価もビクビク気にしなくっていいんだ。怒鳴られないし、嫌味も皮肉も言われない。マウントもされなければペナルティーもない。  仕上げのケチャップは、自分への労り(いたわり)を込めて  ハートではなくて、にじゅうまる。◎。いや、ちょっと待てよ?  真ん中に、はなまる。はなまる。は・な・ま・る。  でーっかい、はなまる。  自分の中にいる、幼いもう一人の自分に声をかける。  いままでよくやってきたね。よくいままでがまんして生きてきたね。  ケチャップで、はなまるを描く。  最後くらい、誰からにも、勿論自分からも、こわされないように。  そおっと、そおっと、もうこれ以上こわれないように。  あら、また私ってば出血してる。先に新しい包帯巻かなきゃ。  さて。  オムライスは私だけの最後の晩餐。  ダ・ヴィンチみたいな変な絵、全然美味しそうじゃないし可愛くない。  「私の中の可愛い」は正義だ。  ぶきっちょになったけど、おっきなはなまる。よくできました。  はなまる。  手と手を合わせて。生まれてはじめてしあわせを感じるひと時。  いただきます。
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