バーにて

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 「ここ、いいかしら」  誰か来るとは思っていたけど、わずか3分後に目の前に座ったのはマスターだった。意外。  「みんなあなたの相談に乗りたそうなんだけど、はじめて来てくれたお客様だから大事にもてなしたいの。私でいい?」  私はこくん、と(うなず)いた。  「なるほどねー、結婚相手に不満がある、と。それにしても3日前に結婚って、ホヤホヤもホヤホヤじゃない」  「おかしいですよね。運命の相手なのに」  「そんなことないわよ。現にあそこの2人だって」  マスターが指差す先に、カウンターに座ったカップルがいた。気づいた2人はこちらに軽く手を振ってくれる。  1人は線の細い印象の青年。健吾より背が低そう。顔立ちが全体的に薄くて猫のように目が細い。上下とも黒っぽい服を着ている。  横にいるのは、とんでもない美女だった。おそらく青年より背が高い上、ヒールを履いている。美しい黒髪を肩に流して艶然(えんぜん)と微笑んでいた。私に笑ってくれた後、顔を見合わせ何事か話し込み始めた。お似合いの2人だ。  訳もなく胸がざわついた。  「2人とも私の親友なんだけど……運命の相手として出会って1週間、死闘を繰り広げたらしいわよ」  「し、しとう?」  すぐには漢字変換できなかった。  「それに、私みたいなソロからすれば、運命の相手がいるだけでうらやましいわ」  「あ……」  ソロ。運命の相手はいない、むしろいない方が幸せになれる人達。当人がそれでよしとされていても、哀れみの目で見られることが多い。  「そんな、初対面の私にも優しいマスターなのに……あ、これも失礼かな。ごめんなさい」  「いいのいいの。私いろんな人をもてなすのが好きだから、今でも十分幸せよ。余計なこと言っちゃったわね。ちょっと待ってて」  マスターはそのままカウンター内で何か作っている。お客さんから注文が入ったんだろうか、と思ったらトーストとグラタンを持ってきてくれた。  「まかないで悪いんだけど、あの2人があなたになにか美味しいものを、って注文してきたから」  「えっ」  「遠慮なく食べて。ゆっくりしていっていいから」  そのあと、マスターは注文をさばく間にちょこちょこ来ては話を聞いてくれた。  バーを出る時は、ちょっと前向きになれた。運命の相手でも、死闘を繰り広げた人たちもいることだし、これからなじんでくるのかも。そう思えた。
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