これほど冷たい春の土には

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 彼女が玄関の戸をくぐるのは2度目である。1度目は、彼女が私の家にやって来た時。お祭りの金魚のように、ビニール袋の水に入れられた彼女は、どこか居心地が悪そうにしていた。私も居心地が悪かった。  私の狭い部屋は、彼女のスペースでさらに狭くなった。さらに年中エアコンをつけっぱなしにすることになった。貴重な部屋のコンセントの2か所のうち、1つはタコ足配線になった。貴重な週末の時間は、水槽のカルキ抜きと水替えに要されることになった。  だけど、私はもうその作業を行う必要はない。部屋には空の水槽があるわけだが、私は新たな魚をそこに入れようとは思っていなかった。  知人はいわゆる熱帯魚マニアで、ベタの繁殖に成功したと言っていた。そして、繁殖に使い終わったメスが不要になったため、彼は彼女を手放すことにしたらしい。そうして彼女は、私の手元に来ることになった。  私は玄関の鍵を閉め、カバンと手提げをもって、旅に出た。天気のいい晴れた日だった。
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