これほど冷たい春の土には

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 私が住んでいる地方都市は、しばらく歩くと山になる。住宅街の傍に山があるのではない。山の傍に住宅街があるのだ。きっと街を開拓する時、急に盛り上がった山をどうすることもできず、そのままにしておいたのだろう。遠目に見ると、街の傍で、巨大な緑の龍がとぐろを描いているように見えた。  なので家を出て10分もすると、私は山道に辿り着いた。最初は山の中に向かうアスファルトの道だったが、それがだんだん落ち葉に覆われてきて、どんどん道は細くなってきて、気づいたころには舗装された道路はなくなり、ただの登山道になっていた。  山道を歩きながらこう考えた。どこに彼女を埋めようか? あまり奥に行くつもりはない。かといって人の敷地に埋めるのはいかにもまずい。手提げに入れた彼女の死体はなんとなく重い。彼女の体重を測ったことはないが、さっき箸で掬い上げた時は、あまりの軽さに驚いた。だけどその軽さが納得できるぐらい、彼女は軽やかに泳いだ。  彼女が生きていたころ。私は夜帰宅すると、よく彼女の姿を眺めていた。椅子に座って、たまにビールを飲みながら、飽きもせずにずっと彼女の姿を眺めていた。ひるがえるヒレ。反射する鱗。じっとこちらを見る、黒いふたつの目。  やはり私のことがわかるのか、エサをやるために水槽に近づくと、彼女の動きは活発になった。水面に浮かんだ小さな餌の粒を、彼女はその口で器用に食べた。こんな小さな生き物に、意思や性格が備わっているのは、なんだか不思議な気がした。  年を取った彼女は、泳ぐのもゆっくりになっていた。特にここ数日は、水槽の底で眠ることが多くなっていた気がする。彼女が死んだのは、もうすぐ春になろうとする冬のある日だった。
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