これほど冷たい春の土には

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 しばらく進むと足元がぬかるんできた。日が差し込みつらいこの場所では、地面が渇くのが遅いのだろう。といっても、歩くのに支障はないレベルだ。落ち葉や泥を踏み潰して足跡をつけながら歩いていると、私はそれに気が付いた。私以外の足跡である。  何の動物の足跡だろう。私の足よりも一回り以上大きい。少し山に深入りしすぎただろうか、と私が顔を上げたとき、目の前に鹿がいた。  普通のサイズの鹿ではない。遠目に見ても、競走馬の2倍以上あるだろう。胴体ときたら100年樹よりも太いだろうし、首も顔の大きさも比べものにならない。  鹿には逃げる様子はない。それどころか、ゆっくりと私の方に近づいてきて、こう言った。 「2日前、大雨が降ったんだ」  鹿は、くるりと向こうの方に首を回した。 「この先は川が増水してる。渡るのは諦めた方が良い」  私は目をぱちくりさせた。人間の会話なら、不審に思われる沈黙のあと、私はこう言った。 「教えてくれてありがとう」  鹿と人間の会話なので、沈黙が不審に思われることはなかった。鹿はこう続けた。 「何をしにここまで?」  私はこう答えた。 「埋葬をしに」 「誰が死んだ?」 「魚」 「魚か。なら、水辺の近くに埋めるといいだろう」  鹿は、畏怖を感じさせるほどの大きさだった。鹿と聞けば大きな犬を思い浮かべるかもしれないが、この大鹿はそんなものではなかった。その気になれば私を蹴り殺すのは朝飯前だろう。私は畏怖を感じた。それはたぶん生命の危機と同等の意味だった。なので、私は鹿に道を譲った。鹿は大きな足跡を残しながら、歩いて離れて行った。
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