これほど冷たい春の土には

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 ペットの魚が死んだので埋めに行くことにした。明日は燃えるゴミの日なので、ティッシュに包んで捨てようかとも思ったが、なんだかそれは良くない気がした。かといって、ペット霊園とやらにお金を払うのも気が引ける。庭に埋めようにも私はアパート暮らしだ。  なので、裏手の山に埋めに行くことにした。犬や猫などの巨大な動物を埋めに行くのではない、体長5センチにも満たない小さな魚を埋めに行くのだ。土のカルシウムになって、少しは木々の栄養にもいいだろう。  私は土曜日の朝に、動かなくなってしまった小さな魚をわりばしで掬い上げた。ベタという品種の熱帯魚は、墨を流したように泳ぐ魚だった。ヒレが大きく、薄くて、よく動く魚。今はもう動かない。飼っていたベタは、青黒いインクが溶けるように泳いだ。  私はベタをティッシュで包み、ビニール袋に入れ、、それから水槽のエアーポンプのコンセントを抜いた。部屋には沈黙が訪れた。  この小さな水槽に、ベタは2年半住んだ。知人から半ば強引に譲り受けたのだ。  私はあまり生き物を慈しむタイプの人間ではない。犬や猫を可愛いと思ったことはないし、魚に関してはなおさらだ。  なので、私はこのベタに名前を付けなかった。どうせ死ぬからだ。ベタはベタのまま生き、この隔絶された小さな水槽に住み、1日1度天から降ってくる私が与える餌のみを頼りに、孤独に生き、そして死んだ。そして今日は、彼女がこの部屋を出て行く時だ。
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