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銀太は薄い毛布を跳ね除け、事務所のソファーの上で上半身を起こし、うーんと気持ち良さげに伸びをする。 そこは応接用のソファーであり、夜は銀太のベッドでもあった。 清々しい顔は、如何にも気分爽快良く寝たという感じだ。 銀太は身支度をして、RZに跨りオカルト専門誌R a(ラー)の編集室に向かう。 R aの編集室は都内某所の古い雑居ビルの4階だ。 編集長と数名の編集者が居て、更に不特定多数のオカルト系ライターが出入りしている。 ライターの中には、霊能者、占い師、怪談師、文化研究家なんかとの兼業の者も多く居た。 銀太もそんなライターの1人で、ネタを持ち込んだり、逆に取材の依頼を受けたりもしていた。 今日は前取材した悪霊化してしまった地縛霊の少女の記事の掲載についての、ちょっとした会議の為に来た。 まあメールや電話でも良い話ではあったが、ちょくちょく顔を出して置くと、思わぬ仕事に出くわす。 取材の依頼を直接される事もあったが、顔出しして置かないと銀太に直接個人的に来た霊障相談などの取材に行ってると思われて、依頼を後回しにされ他のライターに回されてしまう。 ちなみに今回の記事の少女の地縛霊の話も、R aから貰った仕事だ。 「おい銀太、お前の出くわしたあの事故の。あれどうする?」 編集者と会議という名の雑談が終わった流れで、事務所で記事のチェックをしていた編集長の五島(いつしま)が銀太にそう声を掛ける。軽い取材の打診だ。 五島は30代後半で、この小さな編集社を仕切っている。所謂編集長というやつである。 銀太が上京した時にも、色々面倒見てくれた。 その風貌や、銀太の過去が五島の興味を惹いたからだ。 ——五島について少し話をするとする。 名前は隆介(りゅうすけ)、20代後半まで引きこもり同然の生活を送っていた。 同然というだけで、別に本当の引きこもりではない。 16歳で処女小説(ホラー)を書き、それがある著名なホラー小説の大賞で大賞を受賞して将来を有望視されていたが、1作目以降が中々書けなかった。 毎日、机の前に座りうーんと天井を1日眺めていたりしていたら、その年月は積み重ねられて、気付けば20代もそろそろ終わりそうになっていた。 一般人には目を丸くされる年月だが、五島にとっては時間の長さは問題に無かった。考えている時間も大事な人生だ。 本人はそんなであったが、人間に与えられた時間は有限であり、両親は焦っていた。五島は長男であったが、別にそれについて親はどうのとは思ってはいなかったが、ただ2人しかいない息子の1人が、人生を棒に振るのを側で傍観しているのは辛すぎた。 そんな時に、手を差し伸べたのは弟だった。 弟は学生時代からFXに手を出して大儲けし、その金を元手に投資業を初めて25歳になる前に年収は億を超えていた。 そんな出来た弟にとって、世間で終わったと言われ、既に存在すら忘れ去られた五島であったが、それでも自分には無い才能を持つ兄は誇りだった。 いつかきっと大成功すると思っていた。 あの水木しげるだって、鬼太郎が当たったのはかなり歳を重ねてからだ。そう思って、いつも兄を鼓舞し続けた。 そこで、兄の創作のネタになるんじゃないか? と、兄にも仕事を! とその2つを兼ねた、この小さな出版社を作った。 そんな五島はというと、もう結構一般的には人生追い込まれたレベルにある筈だが、あまり危機感もなく飄々と生きていた。 そんな彼の性格を表すように、口癖は『どうにかなるだろう』だった。 そんな兄を弟は、さすが兄さんは器がデカイ! と持ち上げ褒めるのだった。 だが、隆介はその褒め言葉に「そうかなぁ?」 と笑って返すものの、本人はそこまでその言葉を鵜呑みにはしていない感じもあった。 小説家特有の物なのか、五島には社会や自分を俯瞰して見る様な、少し冷めた感じもあった。 銀太の視点から見ると、頭が切れるような部分を見せる事もあるが、基本は浮世離れした緩いオッサンという感じだった。勿論拾ってくれた事は感謝してる。 話を戻す——。 「どうするって?」 と銀太は訊き返した。 「追わないの? 真相ってヤツを? 一応退院したみたいよ? 彼ら、先週に」 「いや、編集長アレは辞めときますよ」 「お前にしては珍しいな? いつもは命知らずで、何にでも首突っこんでくのにな?」 「辞めて下さいよ。俺は慎重派ですよ。怪談師として活躍してる名うての霊能者が4人やられてる。彼らはまだ若かったけど力は本物でした。さすがに関わりたく無いですね」 「ふーん。なんか彼ら今色んな所回ってるらしいよ? 病み上がりで、まだ日常に復帰も出来る感じじゃ無いのに」 「色んな所?」 「除霊よ。除霊。神社仏閣はもとより、キリスト教の教会、イスラム教の寺院、果ては新興宗教まで」 「へー。中々大変ですね? 彼ら霊能者としても、多少は名を馳せてたのに」 「まぁ、どうにかなるだろう?」 と五島は言うが、この言葉には意味はない。 前記でも言ったように単に彼の口癖だ。 「——じゃあ、俺はこれから予定があるのでもう行きます」 「あっそう。まぁ、また良いネタ入ったら、持って来てよ?」 「了解です!」 銀太はそういうと編集室を後にした。
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