16人が本棚に入れています
本棚に追加
3 結末
「俺、今けーさつに追われとる」
その言葉を口にすると、隣に座った健治くんは弾かれたように顔を上げた。こっちを向いても、自虐的に笑った俺の顔なんか見えないくせに。
「人を……殺したかもしらん。死んだかどうか確かめとらんから分からんけど、四階から突き落としたから、まあ死んどるやろな」
「どう……して」
どうしてだって。笑えてしまう。経緯を言ったところで理解できるものか。綺麗な世界であたたかいものに囲まれて生きてきたアンタに、底辺で泥に這いつくばっている俺のことなんか。
手の中のカップは空になっている。まだ喉が渇いていた。だけれどそれ以上に体の奥が乾いている。
「逆にどうしてって聞いてよかと?」
健治くんの目を見る。色の薄い瞳。何色って言うんだろう。こちらを見ているはずなのに、決して目が合わない。子どものころはまだ健治くんがこちらを見ているのは分かった気がする。
「どうして俺みてーな汚いガキに構ったと? どうして半端なところで捨てた? どうしてあの夜助けてくれなかった? どうして今更俺の前に現れる?」
本当のことを言ってくれよ。面倒になったんだろう? これ以上関わりきれないと思ったんだろう?
健治くんが唇を噛む。もっと苦しんでほしい。俺みたいな屑にかかわったことをもっと後悔してほしい。
「……言い訳はしないよ」
ぽつりと零した健治くんの唇が綺麗で目を奪われた。穢してやりたい、と思った。
「僕はあのとききみを助けられなかった。自分に伸ばされた手を掴むことができなかった。許されない……」
その言葉で、目の前が真っ赤に滲む。自分の頭の中で、自分の声がぐわんぐわんと反響した。
もしも俺たちの歳がもっと近ければ。
もしも俺がもう少しまともな生き方をできていれば。
もしもあの頃のようにずっと一緒にいられたならば。
もしもあの日の決裂がなければ。
俺はきっとあなたに恋をしていた。
あなたの目となり、手足となり、生涯を支えていきたいと思えていた。あなたの美しい生きざまを守るために、この身を砕いても構わないと思えただろう。
だが実際は、あなたと一緒にいられた日々の俺は恋も愛も知らないガキで。
俺の歩いてきた道はゴミまみれの真っ暗で。
あの日あなたは遠くにいってしまって。
そして俺はあなたを憎んでしまった。
許せたらよかった。愛せたらよかった。ずっとそばにいたかった。あなたのいる世界に生きられたらよかった。
もう何もかもが叶わない。ならば全て壊してしまえ。
「そうだよ。許さねえから」
カップを背後にぶん投げる。隣に座った体をソファに押し倒す。
「落ちてきてよ。俺と同じところまで」
アンタを汚せばこの乾きは満たされるのだろうか?
最初のコメントを投稿しよう!