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俺の歩んできた十六年間は真っ暗だった。黒くてところどころ赤くて重たくて粘っこいものがずっと俺の頭上にも周囲にも立ち込めていた。ただひとつ。夕陽で鮮やかに照らされる公園。住宅街と道路に押し潰されそうなあの箱庭だけが眩しくて、温かかった。
その眩しさがいつも俺を苦しめた。光など。温もりなど。知らなければ焦がれて枯渇することもなかったのに。半端に知ってしまったから苦しいのだと、光を憎むことでしか渇きを抑えられなかった。
だから消してしまえと思ったのだろうか。たったひとつの光。それが消えたら生きていけないと分かっていたはずなのに。
ユラリと立ち上がる。周囲を見回して、壁にかけられた電話をみつけた。受話器を取る。いち、いち、ぜろ。どうしました、とか何か聞かれた気がするが、何を言っているのか分からなかった。
「人を殺しました」
言葉は滑らかに喉を滑り落ちる。
「この世で一番大切な人。俺の人生の唯一の光を、この手で消しました」
電話の向こうが何か叫んでいる。何も聞こえない。手を離す。受話器はぶらりと宙に吊り下げられた。
もう一度だけ、彼のもとに歩み寄る。乱暴にはだけさせた衣服を整える。身を屈めて、冷たい唇にキスをする。
部屋には子どもへの愛情をふんだんに込めた柔らかい旋律。今も俺が八歳のガキだったならば、彼の腕の中でぬくぬくとしていられたのだろうか。自分で壊してしまったくせに、そんなことを考えた。
ガラス戸を開け放ち、真っ青に染まったベランダに立つ。すぐに全身がぐっしょりと濡れた。どれだけそこに立っていたのだろう。足元の世界が慌ただしくなる。赤色灯。白と黒。その群れの中央をめがけて、俺は身を投げた。
END
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