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第三章 過去
……え……。
言葉が出なかった。
驚きすぎると人間声が出ないってほんとだなぁ。
イザナミノミコトの発言が真実なのは明白だった。そもそも神様が嘘つくとは思えない。ただの人間のあたしなんか騙しても何のメリットもないしね。
それにお兄ちゃんたちの態度がそれを物語ってる。
女神は憐れむようで悲しげでいたわるような目であたしを見下ろしていた。
これ……こんなことが前にもあった……?
デジャブ。
「……あ」
思い、出した。
「……ああああああ!」
一気に―――あの日のことが、まるで昨日のように鮮やかに蘇ってきた。
☆
あの日……事故の日。あたしたち親子三人はいつもみたいにのんびり家で過ごしていた。
表札の名前は……只野。
そう。あたしの苗字は比良坂じゃない。只野桃だった。
「あら、インターホン? 誰かしら……ああ、宅配便ね。はーい」
ママが玄関のドアを開けて、そこまでは覚えてる。
何か重いものが倒れる音がして、あたしは急な眠気に襲われて気を失ってしまった。
それからどれくらい経ったか。
……なんだろ?
たくさんの人の声で意識が浮上した。
うるさいなぁ。
まぶたを上げると、目の前には縛られた四人の男の人が地面に転がされてた。
今ならだれか分かる。士朗お兄ちゃんたちだ。
でもこの時は初対面で、だれなのか、なんでこうなってるのか分かるはうzもない。
四人ともかなり乱暴に扱われたらしく、あちこちケガしてぐったりしてる。
「―――っ?!」
何かの事件に巻き込まれたと悟り、叫ぼうとするも無駄だった。さるぐつわがかまされてたんだ。
「……っう……」
あたしがもがいたことで覚醒した士朗お兄ちゃんがうめいた。
「……や、めろ……」
口の端から血が流れてる。
にらむ先を見れば、土がむきだしの広場みたいなところの真ん中に祭壇?が作られてた。広場の周りはぐるっと松明。
怪しい儀式そのもの。
古代の生贄の儀式だって子供でも分かった。
その時、あたしたちは謎の魔法陣の中に転がされてると気づいた。漢字とかだから、西洋のというより陰陽術みたいな?
……なに? なんで? これ夢だよね?
パニックになった頭で必死に考えた。
そうだと言って。
怪しげな呪文を詠唱して頭を下げてる人の輪から、一人の中年男性が外れてやってきた。士朗お兄ちゃんとどこか似た風貌。
士朗お兄ちゃんを侮蔑の表情で見下ろし、
「なんだ、まだしゃべれたのか。しぶといやつだ」
「……やめ……」
「うるさいガキだ。道具は黙ってろ!」
容赦なくみぞおちを蹴りつけた。
!
「がはっ」
士朗お兄ちゃんはうめき、血を吐いた。
蒼太お兄ちゃんたちの意識はとぎれとぎれで、とても助けるなんてできない状況だ。
「さあ、仕上げだ」
男性は祭壇に戻り、恍惚とした表情で日本刀を抜く。
仕上げ……?
……ちょっと待って。その祭壇に寝かされてるのは。
同じく縛り上げられた両親だった。
「―――! ―――!」
パパ、ママ!
呼びかけたけど気絶してる。何か薬でも投与されたのか。
男性は刀を振りかぶって、
「神よ、我らの願いを叶えたまえ―――!」
振り下ろされる。
祭壇が血に染まった。
―――!
あ……あ……。
あたしの絶叫は声にならなかった。
同時にズン、と全身にすさまじい圧がかかる。
大地が震えた。
魔法陣が光る。
なにこれ……?!
頭のてっぺんから足のつま先まで、とてつもない力が流れ込んでくる。自分のものじゃない何かが入り込んでくる。
「うわあああああ!」
お兄ちゃんたちも悲鳴をあげた。
「ははははは! さあ、来い!」
嫌だ。なんだか知らないけど、こいつらの思い通りになんかさせるもんか。
これはあたしの体よ。渡さない!
「―――その心意気、気に入った」
頭に直接そんな声が響いた。
とたんに圧が消える。
え……っ?!
ふわっと視界の端に白い衣が翻った。
あたしのすぐ横に古代の格好をした女神が立っていた。
女神だってのは素人でも分かる。明らかに違うもん。
何がってきかれたら答えられないけど。存在感?
他にも士朗お兄ちゃんの傍にはイザナキノミコト、蒼太お兄ちゃんはアメノウズメ、翠生お兄ちゃんはオモイカネノカミ、紅介お兄ちゃんはタヂカラオ。もちろんこれは後になって知ったことだけど。
人々は大喜びで手をたたいた。
「成功したぞ!」
「すばらしい!」
「やった!」
まだ剣を持ったままの男が下卑た笑みを浮かべて言う。
「さあ、神よ。我らのしもべとなり、我らの望みの成就のため力を貸すのだ」
「―――なぜ?」
イザナキノミコトは平たんな声で答えた。
冷ややかで軽蔑を隠そうともしない。
「おぬしらは自らの薄汚い欲望のため、無関係な者をも巻き込んだ。その娘の親を生贄にし、この子供らを無理やり依り代にして」
「そいつらは出来損ないだ。どう使おうが自由だろう? 我らの崇高な目的の礎となるのだ、むしろ名誉なことだと思うがいい」
「一人はおぬしの実の息子なのにか?」
「そんなクズ、息子なものか」
男性は吐き捨てた。
「そうですとも。息子はただ一人。この京志郎だけですわ」
妻らしき女性が連れてるのは、士朗お兄ちゃんにそっくりな少年だった。
まったく同じ顔、年、背格好。
コピーしたように瓜二つな一卵性双生児。
でも大きな違いがあった。片割れは邪悪な笑みを浮かべ、双子の弟が傷つけられても平気でいる。むしろ楽しんでさえいるようだ。
イザナキノミコトはあたしを指し、
「この娘もまったくの無関係だというのに、素質があるからと誘拐して親を殺し。そこまでなぜせねばならなかった?」
「なぜだ? 生贄にちょうどいいではないか。そもそも我ら選ばれし一族と違ってただの人間など、ゴミでしかない」
「我々すばらしき一族を犠牲にするなどとんでもないですしねぇ」
……!
神々はため息をついた。
「……愚かな。大体、神がおぬしら人間に操れると思ったか?」
人々はせせら笑い、足元の魔法陣を示した。まだ光ってる。
「もちろん思っておらんさ。だから我らの天才的頭脳と英知を持って、その術を完成させたのだ。それは依り代に閉じ込める術。もう抜けられんぞ。そして依り代は自我を削除し、我らの命令通りに動くよう設定してある。そのうち意識も消えるだろう」
なによそれ……!
勝ち誇った空気を一蹴し、動いたのはイザナミノミコトだった。
「―――くだらぬ」
パチン、と指を鳴らすとロープが切れ、さるぐつわも外れた。
お兄ちゃんたちも自由になる。
魔法陣も跡形もなく砕け散った。
「せめて本当に世のため人のためであれば、まだ情状酌量の余地があったものを……自分たちが世界の支配者になりたいという欲のためでは」
男たちは慌てた。
「なっ、そんな馬鹿な!」
「思いあがった愚かな人間どもよ」
神々からオーラが立ち上った。
神の怒り。
みんな悲鳴すらあげられずへたりこむ。
イザナミノミコトは人差し指を下に向けた。
「地獄に落ちよ」
地面に巨大な黒い穴がぽっかり開いた。
「ひいいいいいいい!」
男たちは全員、奈落の底に落ちていった。
士朗お兄ちゃんそっくりな少年も。
まばたきすると、穴はもうなかった。
えっ、一瞬?
残ってるのはあたしたちと、両親の遺体。祭壇も松明も消え失せてた。
呆然としてるあたしたちにイザナキノミコトは手をかざす。
「傷は治してやろう。とりあえずはこれで」
「……っ!」
動けるようになった士朗お兄ちゃんはすぐさまあたしを抱き上げた。
「ごめん、ごめんな。助けられなくて。君のご両親を死なせてしまってごめん……!」
泣きながら謝罪を繰り返す。
……どうしてこの人が謝るの?
イザナキノミコトが肩をつかむ。
「まだ動かぬほうがいい。傷は治っても、無茶苦茶な術のせいで精神や魂へのダメージは相当ひどいはずだ。すぐ我々も気づいて君たちから抜けたから死にはしなかったものの、かなり辛いはずだぞ」
「でも、この子は無関係なのに! 一族のせいで……っ」
「君らも被害者じゃないか」
イザナミノミコトがうなずく。
「とりあえず詳しくみましょう。どんな影響が残ってるか分からない」
「ああ、そうしよう。それじゃ……」
……あれ? なんだろ、声が遠くなってきた……。
小さくて聞こえなくなってくる。
「お嬢ちゃん?! どうした!?」
「聞こえてる? だいじょう……」
体が重い。
まっくらな闇に落ちていく。
それを最後に意識は途絶え、次に目を覚ました時、あたしは記憶を失っていた。
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