旅の終焉、渚にて

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 火が爆ぜる。  老騎士の顔を、躍る炎のひかりと影が照らし出す。ざわっ、と、真夏の夜の森を渡る風が、炎と、老騎士の髪を揺らす。その風の匂いから、微かに、でもはっきりとした潮の香りを感じて、老騎士はいままさに、自分は遠い旅の果てに位置しているのだと、自らの旅路の終焉が近いことをようやく認識した。  老騎士はそっと懐から、紫の絹の布に包まれたそれを差し出した。そっと、包みを開けて中身を見やる。銀の土台に、紫の石が三つ嵌まった髪飾りが老騎士の手に滑り落ちる。それと、蝋で封をされた一通の文。老騎士はその2つを眺めながら、これを自分に預けた友のことを改めて思い出す。  あれは長い戦いの末のことだった。いつも隣で戦っていた友は、最後の決戦で命を落とした。その命の火が消える間近に、彼は老騎士にこの2つの品を託した。息も絶え絶えの口から零れ出す言葉を、なんとか拾い起こせば、友には故郷に、婚約者がいるのだという。その髪飾りは、彼女への土産に戦いの合間に宝石屋で求めたもので、手紙は彼女に宛てたものであると、友は口から血と泡を零しながら、老騎士に告げた。そして友の最後の言葉は、こうだった。 「ヴォルフ……、どうか、ハンナにこのふたつを届けてやってくれ……頼む……」
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