175人が本棚に入れています
本棚に追加
/226ページ
「がんばってどうにかなる問題じゃないの。もう、むりだよ……」
「無理って、何が」
慧の腕から抜け出し、涙の溜まった瞳で慧の顔を見上げる。
「ごめん慧。私、忘れられない人がいる」
「それが恩田先輩ですか」
感情の感じられない声で言われた言葉にこくりと頷くと、慧は私から視線を逸らした。慧の顔をじっと見つめていると、慧は唇を噛み締めて黙り込んでしまう。
「俺のこと好きですか?」
「うん、大好きだよ」
しばらくうつむいて何かを考え込んでいた慧がようやく口を開き、私はそれに即答する。慧が好きって気持ちは嘘じゃないし、今でも慧のことが好き。ただ、……。
「それなら、……俺はいいですよ。忘れられないって言っても、今もその人と会ってるわけじゃないんですよね?」
「会ってないよ。この前偶然会ったけど一言しか話してないし、もう会うこともないと思う」
「過去の人ってことですよね。だったら別に———」
「良くないよ。良くないのっ。慧のことは大好きだけど、やっぱり恩田先輩のことが忘れられない。慧に申し訳なくて、こんな気持ちのままで付き合えない」
何かを言おうとした慧の声に被せるようにして言葉を紡ぎ、大きく首を横に振る。
「付き合えないって、どういう意味ですか。俺と別れたいってこと?」
「そうじゃないけど、私たち少し距離を置いた方がいいのかも。慧も本当に私とこれからも付き合っていけるかどうか、じっくり考えた方がいいと思う」
「嫌です。距離置くって、もう別れるって言ってるのと同じじゃないですか。俺は別れるつもりないです。考える必要なんてない」
私の右手を両手で握って目を見つめてくる慧に心が揺れたけど、一度言い出したことを今さら取りやめることなんて出来ない。
最初のコメントを投稿しよう!