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「酔ってるんですか? 私、彼氏いますよ?」
キツくなり過ぎない言葉を選んでにっこり微笑むと、先輩は私の右手薬指の指輪をチラリと見た。
「ここにそいついないじゃん。今ここにいるのは、俺とのんちゃんだけだよ」
「……きも」
「え?」
真顔でそんなことを言ってきた先輩に寒気がして、思わず大変失礼な言葉が口をついて出ちゃった。先輩にはそれが聞こえなかったみたいで、もう一度顔を傾けてキスしようとしてきたので、先に私の方から先輩に抱きつく。
「気持ち悪〜い。もう私吐きそうです〜。ここで吐いていいですかぁ?」
先輩にぎゅうぎゅう抱きつきながらえづく演技まですると、先輩は私の身体を慌てて突き放す。
「こ、ここではちょっと……。じゃあ俺、そろそろ戻るから。吐くならトイレ行ったほうがいいよ」
すごい勢いで立ち上がり、そそくさと襖を開けて中に入っていってしまった先輩の背中を見送りながら、心の中でこっそり舌を出す。
酔った時の世話も出来ないくせに、口説こうとしてこないでほしいよね。
慧は、……酔ってグダグダになった私に呆れたりキツいことを言ったりもしてきたけど、それでもいつも面倒を見てくれてたな。酔い潰れた私を迎えに来てくれたこともあったし、どれだけ酷い状態でも絶対に見捨てたりしなかった。
慧……。今頃、何してるのかな。
会いたいな……。
つい慧のことを思い出してしまうと涙が浮かびそうになり、目尻を拭って立ち上がる。
どう考えてもこのままここにいても楽しめそうになかったので、ゼミの先生に一言だけ声をかけてから帰ることにした。
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