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「最後の最後で心が納得しなかった。そんな気持ちのまま付き合って、ましてや国に連れて帰るなんて無理だった。だから彼女との関係は、お前が言ってたデーティング期間までで解消した。それもヒースの方からブチッと一方的に、ってことだ 」
つらつらとまだ続くかのように聞こえた真島さんの言葉は、そこでプツリと切れた。そこにはまるで、物語の盛り上がり部分にいきなりエピローグをくっつけたような肩透かし感があった。
「俺があいつから聞いて、知ってるのはここまで。以上だ 」
まだ何か期待している私の心を見透かしたかのように、真島さんはおどけた口調でそう言って肩を竦めた。
正確に言うと、真島さんのにやけた顔を見て私は自分がもっと特別な話を期待していたことに気がついた。
「ああ、それからな 」
真島さんはそんな私の顔を見て笑いを堪えながら、あたかも今思い出したかのようにそう言った。
この人は絶対私の反応を見て楽しんでいる。でももしかすると、真島さんなりの遠回しな方法で私を元気付けようとしてくれているのかも知れない。
「勉強は続けろってよ 」
「え……? 」
真島さんの口から出てきたのは、はっきり言って明後日の方から届いたような言葉だった。
「英語の勉強だよ。秋吉のヤツに言い残すことはないのかって聞いたら、あいつ、そう言って、 」
真島さんは肩にかけていたメッセンジャーバックを漁り始めた。がさがさと漁って中から小さなパステルブルーの紙バッグを取り出した。
「これをお前にって。餞別だってさ 」
私の膝の上にちょこんと座った紙バッグは、鞄の中に押し込まれていたせいかシワが浮きどこかくたびれている。
紙バックの口を留めている白いリボンを解くと、中には紙バッグと同じ色の小さなギフトボックスが入っていた。
私は、箱をそっと取り出して蓋を開けた。
「ペンダント……。 スプーン……? 」
そこには、小さなシルバースプーンのペンダントトップがキラキラと輝いていた。スプーンの柄の部分はハートの形にぐにゃりと象られていて、その中にチェーンが通されている。
「ヨーロッパの方では、生まれた赤ん坊にシルバースプーンを贈る習慣があるんだよ。幸せになるようにって、な。まぁ、あいつがそこまで考えてたかどうかは知らんが、餞別にしちゃ、懲りすぎだよな 」
真島さんの冷やかすような笑い声がキンっと張った夜の空気をかき乱すようにはらはらと舞う。
私は、箱の中のシルバースプーンをじっと見つめた。もしかしたら、もっと他の、私がまだ気づいていない何かがそこに隠されているんじゃないかって。
シルバースプーンは穏やかな光を放ちながら、そんな私の期待をただただ見つめているだけだった。
「いいのかよ。このまま、あいつの一人勝ちで 」
沈黙に耐えかねたように、真島さんが呟いた。その声には、どこか私を試しているような響きがあった。
「でも……、ヒースはもう…… 」
今の私にできることはもうない。
きっと、ヒースに会うことももうないだろうし、会えるとも思えない。
私はちっぽけだ。
ちっぽけで、臆病だ。
ヒースが今いる場所は、私には遠すぎる。
私が答えに詰まっていると、隣から真島さんのくつくつ笑いが降ってきた。
「秋吉、世界はな、お前が思ってるほどでっかくもないし、恐ろしくもない 」
そう言って立ち上がった真島さんの背中の向こうには、琥珀色をした綺麗なお月様がぽっかりと浮かんでいた。
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