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まだヒースに何も伝えていない。
気持ちはずっとここにあったのに。
さっきまでの高まっていた気持ちがしゅわしゅわと音を立てて萎んでいく。私の身体は、空気が抜けてしまったように力が入らない。
胸の辺りにポッカリと空いた穴から、泣きたいような気持ちがじんわりと滲み出てきた。
おかしいな。
それなのに涙が出てこない。
「ほれ、行くぞ 」
ダランと力なく垂れ下がっていた私の腕を真島さんが掴んだ。
私は彼をじっと見つめてその意味を探した。
「上だよ、上。展望デッキ、行くぞ 」
真島さんは当たり前の事を聞くなという感じでそう言うと、私の腕をくいっと軽く引っ張った。
そのまま彼は私の腕を引きながら出発ロビーを突っ切って、上に向かうエスカレーターに乗った。
美味しそうな匂いが漂うレストラン街の間をすり抜け、【展望デッキ】と表示された案内板の下に着くと彼はふっと立ち止まった。
展望デッキ前のスペースはひんやりとしていて、外の温度を予感させる。真島さんがドアを開けた途端に冷気が勢いよく飛びついてきた。
夕闇が降りた限りなく黒に近いダークグレーの空の向こうでは、オレンジ色の空が暗い雲の隙間からちらちらと覗いている。
柵に囲まれた細長いスペースには、時間帯がずれているのか、見物客は数人がぽつりぽつりといるだけだった。
真島さんは私を引っ張りながらデッキの方に出て、柵に面したベンチに座った。私が隣に座ると、真島さんの手は役割を果たしたかのようにするんと離れていった。
真島さんは顎の先をコートの襟に埋めて、両手をポケットに突っ込んだまま黙ってしまった。手持ち無沙汰感を覚えた私は、鞄からマフラーを引っ張りだして首にぐるぐると巻きつけた。
柵の向こう側にはひとつの夜景が完成していた。暖かな色の照明がキラキラと輝き、その下では、着いたばかりなのか今から飛び立って行くのかは分からないけれど、数機の飛行機が羽を休めていた。
あの中にヒースの乗った飛行機もあるのだろうか。
「あそこに、あいつの乗ってる機体があるかは知らんがな 」
私の考えを読んだかのように、真島さんがぽつりと呟いた。彼は正面に視線を向けたまま、じっと目の前に広がる夜景を見つめている。
「でもな、飛び立って行く飛行機を見てたら、気持ちも纏まるんじゃないかって、な。良くも、悪くも 」
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