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Lesson 10. side by Heath Andrews
出国ロビーは年末のせいか、この国を脱出しようとする人でごった返していた。
僕のように国に帰る者もいれば、少し早めの年末休暇をとってどこか南の島にバカンスに出かける者もいるのだろう。
それぞれが思い思いの事情を抱えてここにいる。
二年前、日本に降り立った日のことが不意に脳裏を過ぎった。あの時は、こんな気持ちを抱えて再びここに立っているなんてこれっぽっちも想像していなかった。
住み慣れた現実から離れ、ちょっとしたバカンス気分だったのは覚えている。
日々の仕事をこなし、プライベートを楽しんで、運が良ければガールフレンドだってできるかもしれないと、呑気に期待していたあの時の自分が今思えば酷く浅はかで滑稽に見えた。
いつからかなんて、覚えていない。
頼りなくて、臆病で。
強気で、真っ直ぐで、へこたれない。
そんな彼女のことがなんとなく気になって、いつの間にか目が離せなくなっていた。
目の前にタイムリミットが突きつけられた時、この芽生えてしまった気持ちは諦めようと決めた。育てるにはあまりにも時間が短か過ぎる。嘘をかぶせて隠してしまえば、そのうちどこかに消えてなくなるだろう、と。
僕は彼女の幸せのためと思いながらも、自分の勝手な都合で彼女を傷つけた。自分が苦しみたくなくて彼女から視線をそらした。
その結果得たものと言えば、胸を締めつけるような痛みと烙印のようにねっとりとこびり付いた後悔だけだった。
今の僕にできることは、ただただ彼女の幸せを願うことだけだ。
僕が触れることのない、
これから先の、
僕の知らない誰かとの幸せを。
どこからか、柔らかな風がすうっと頰を撫でて行った。
僕の名を呼ぶ彼女の声が聞こえたような気がした。
慌てて後ろを振り返り、あるはずのないその姿を人混みの中に探していた。
「もしかして」に「まさか」が重なる。
いるはずがない。
自分はこの後に及んで、まだ何を期待しているのか。
あまりにも往生際が悪い自分に乾いた笑いが漏れた。
搭乗手続きの開始を知らせるアナウンスが流れた。その無感情な響きが、一瞬だけ怯んだ僕の背中を押した。
僕は辛うじて残っていたひと欠片の未練を振り払うかのように、鞄を肩にかけ直して搭乗ゲートに向かう人の流れの中に紛れ込んだ。
自分が望んだことだ。
きっともう会うこともない。
君の未来に、僕はいない。
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