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ヒースの声は柔らかだ。
厳密に言うと、ヒースが麻友ちゃんに英語で話しかける声は優しくて柔らかい。
私に向かって投げかけてくる暴言は、関西弁ということもあるのかもしれないけど、それよりもワントーンほど低く硬い声だ。
レッスンの時にリスニング問題を読んでくれる時だってどこか人を小馬鹿にするような、無邪気な子供のような声をしている。
でも、ヒースから麻友ちゃんに話しかけるような声を向けられたら、私はきっとこそばゆくてどうにかなってしまうに違いない。
🇬🇧
『課外授業行くで 』
ほっと一息ついた金曜日の夕方。
机の上の内線が鳴ったのは、近所の図書館に向かうべく帰り支度をしていた時だった。
正面玄関を出ると、彼はビルを出てすぐの喫煙コーナーで煙草をふかしていた。
「ヒース、課外授業って? 麻友ちゃんは? 」
「麻友は友達と約束があるんやて 」
私に気づくとヒースは煙草の火を消し、つまらなさそうにそう言った。そして視線だけで私を促すと、決めていたらしい方向を目指して歩き出した。私は慌てて彼の背中を追いかけた。
ヒースはどこに向かっているのか。
いくら聞いても、ただ黙々と、先へ先へと歩いて行ってしまう。
「ここや 」
細い路地に入って行ったかと思ったら、一軒のお店の前で立ち止まった。店先にある立て看板を見ると、ブリティッシュパブのようだ。
こんなとこ来たこともなかったから、私の中はたちまち不安と恐怖でいっぱいになった。ここの共通言語はやはり英語なのだろうか。
「ヒース……? ここって……? 」
「録音とか僕の声だけやと不十分や。いろんな奴の話し方で勉強した方がええ思てな 」
そう言ってヒースはまるで友達の家にでも入って行くような感じで、私からは重々しく頑丈そうに見えるドアを軽々と開けて中に入っていってしまった。
ここで彼に見捨てられたら困ると思い、私は急いで彼の後を追った。
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