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中は薄暗く、少し大きめのボリュームでロックミュージックのようなBGMが流れている。
ヒースは一ミリの迷いもなく入ってすぐのカウンターテーブルに沿って進んで行き、コーナーのところに座った。ここに座れと角を挟んだ席をポンポンと叩いて合図している。
私は恐る恐る席に座ってヒースに視線で尋ねるも、彼はニタニタしたまま何も教えてはくれない。
「ほな、始めよか 」
その声に私の背中はビクリと反応する。
そんな私を知ってか知らずか、ヒースはカウンターテーブルの中にいる人に向って片手を挙げた。
「Fred!」
カウンターテーブルの中にいたフレッドと呼ばれた人がその声に振り向き、こちらに向かってくる。
身長はヒースと同じくらいだと思うけど、体の厚さが遥かに違う。腕なんかは隆々とした筋肉のせいで着ているTシャツが少しきつそうに見える。
トントントンとフローリングを叩きながら向ってくるその足音に耐えられずに、私は俯いた。
隣でなにやらヒースと彼の話し声がする。あまりにも早いから、私には当然のように聞き取れない。
「ーーーー、 I'm Fred 」
私の視線の前に大きな手が差し出された。
私に話しかけているのだと気づき、恐る恐る見上げた彼の笑顔は想像に反してとても優しかった。やや真ん中寄りの綺麗なグリーンの瞳は穏やかに私を見つめていた。
私はそれでもどうしていいのか分からずに、ヒースを見やる。彼は「しゃーない 」と言いたげな顔で肩を竦めた。
「Fred, she is still a BABY. Talk, slowly.」
ヒースもわざとゆっくり話してくれているようだ。
「Oh, sorry. I'm Fred. Nice to meet you.」
フレッドさんはそう言ってさらに柔らかく微笑んだ。私は慌てて差し出された手を握る。ちょっとゴツゴツした温かなその手は私の手をそっと握り返してきた。
「ま、My name is Kaori Akiyoshi. な、Nice to meet you. 」
隣でヒースのくつくつ笑いが聞こえてきた。きっと私の緊張はすべてお見通しなのだろう。
「Well, Kaori. What can I get for you? 」
「何、飲むか聞いてる。ちょっと前に教えたやろ? 」
ヒースの声が柔らかく耳をくすぐる。
私は、急いで記憶の中を探る。
「I'll have a glass of Orange juice. 」
ぷはっ、と隣で吹き出す音がした。その音に続いてヒースのケラケラ笑いがこちらに向かってくる。
「テキストにあったまんまやんか。ほんまにオレンジジュースでええんか? それに、オレンジジュースなら、a glass of なんて付けんでもOKや。まぁ、ボトルで欲しかったら別やけど 」
そう言ってまたケラケラ笑い始めた。フレッドさんを見上げると、太い眉毛をハの字に下げて肩を竦めた。
「今日は奢ったるから、何でも頼め。居酒屋で飲むもん、そのまま言うたったらええねん 」
「えと、カシスオレンジを 」
そう言ってフレッドさんを見上げると、親指を立ててニッコリと微笑んだ。
「ブリティッシュはあんな感じや。フレッドは生粋のロンドンっ子やからな。あとは、アメリカンとオージーやな 」
ヒースはそう言って、なんだか楽しそうにキョロキョロと周りを見渡し始めた。
この課外授業はいつまで続くのか。私の中ではふつふつと不安が広がり続けていた。
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