奇才と呼ばれた男

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奇才と呼ばれた男

第1話 ある男の演説  遼州星系『甲武国(こうぶこく)』陸軍大学校の卒業式は、『首席卒業者』への修了証書の授与が行われていた。  壇上に二十歳ぐらいの男の『首席卒業者』が立っていた。  それはまるで目に光の無い男だった。ベージュの詰襟の制服には一つ星が光り、彼が少佐の階級であることを示していた。  『陸軍大学校』は陸軍の『幹部候補養成機関』であり、在校生の多くは佐官クラスの『将来の将軍』を養成する軍学校である。すべての卒業生達は、『陸軍士官学校』の優秀卒業生か、幹部候補生として陸軍に奉職して5年以上の猛者ばかりだった。当然、彼等の年齢は最低でも25歳以上となる。その『首席卒業生』の若さはそう言った常識から考えればどう見ても異常な光景だった。  明らかに若すぎる『首席卒業者』、嵯峨惟基(さがこれもと)少佐はその証書を受け取るとそのまま演壇を、修了者の整列する会場に足を向けた。  嵯峨少佐はそのまま演壇のヘリまで歩いていくと、手にした卒業証書を破り捨てた。その『奇行』に『甲武国』陸軍幹部と優秀な未来の幹部達はどよめいた。  そんな『未来の幹部達』の狼狽する様を嵯峨は笑顔で見渡した。 「はい!みなさん。戦争をしたい人!手を挙げて!……」  『甲武国一の奇人』。  嵯峨と言う男は、常にそう評される男だった。それにしてもこの光景はあり得ないものだった。会場の陸軍関係者全員はこの『陸軍大学校首席』の男の突拍子もない提案に唖然(あぜん)とした。  嵯峨は『陸軍大学校』への入学に必須の条件である『陸軍士官学校』に在籍したことすらなかった。甲武国貴族の為の士官学校の予科である『甲武国高等予科学校』から100年ぶりの『特例』で『陸軍大学校』に入学した『天才』とされていた。  嵯峨の常識はずれな演説はまだ始まったばかりだった。 「上げねえんだ。この国は戦争を始めそうなのに……戦争の始め方は陸軍大学校で教わったろ?アンタ等」  そう言うと嵯峨は胸のポケットから、軍用タバコを取り出して使い捨てライターで火をつける。 「じゃあ、心の中で思った人……戦争をしたいと思った奴……」  タバコをふかしながら嵯峨は軽蔑の視線を会場の陸軍幹部に投げる。 「そんな奴は、今すぐ死んでくれ、迷惑だ」  静かにそう言うと嵯峨は腰の日本刀を引き抜いた。 「こいつは『同田貫・正国(どうたぬき・まさくに)』。アンタ等、地球人が作ったんだ。俺がそいつの首をこの刀で斬り落とすから。ちゃんと死んでね。死にたい軍人がみんな死んだら戦争終わるよ。うちは負けるけどね」  沈黙していた議場が、次第にざわめきに包まれた。 「いいじゃん、負けりゃあ。『負けて覚える相撲かな』ってあんた等の好きな『懐かしいことわざ』もあるぜ」  嵯峨の言葉に卒業会場は静まり返った。 「俺って陸軍大学校の首席じゃん。軍服を着せるマネキンにも劣るアンタ等みたいな、頭に『糞』が詰まってる奴とは『頭』の出来が違うんだよ、俺の頭には『脳味噌』が入ってんだよ」  そう言って、戸惑う陸軍大学校の校長の陸軍大臣から辞令を取り上げると嵯峨は手元のマイクを握ってそれを読み上げた。 「へー、『甲武国』陸軍作戦総本部の諜報局長補佐(ちょうほうきょくちょうほさ)……どうせあれだろ?戦争を始めたい政治家連中に、暗号文の読み方教える『連絡係』だろ?そんな『お手紙当番』は興味ねえや、やなこった」  嵯峨はそう言うとマイクを捨てて、手にした日本刀を構えて議場をにらみつける。 「だから!アンタ等が死ねば。『近代兵器』を使った戦争は起きねーんだ!俺、嵯峨惟基、甲武国陸軍少佐は『全権』督戦隊長(とくせんたいちょう)以外は全部拒否する!知るか!」  嵯峨惟基少佐は『甲武国』陸軍大学校の卒業式の式場を去った。  陸軍大学校首席卒業者、嵯峨惟基少佐。  彼には追って『陸軍中尉』への降格処分と、『東和共和国、甲武国大使館勤務二等武官』への配属先変更の通知が出された。  三か月後、『甲武国』は『ゲルパルト帝国』と『遼帝国』との『祖国同盟』を理由に、『遼州星系同盟』と地球軍の連合軍との泥沼の戦争に突入した。  その『物量』が勝負のすべてを分けた戦いは、後に『第二次遼州大戦(だいにじりょうしゅうたいせん)』と呼ばれた。  開戦の三日後、妊娠中の妻を伴って、嵯峨は任地の東和共和国に赴いた。そこで『甲武国』の駐留武官として『東和共和国』の首都『東都』の大使館に勤務する生活が始まった。  『中立不干渉』を国是とする『東和共和国』に赴任した嵯峨は平穏な暮らしを送っていたとされる。  しかし、開戦の四か月後、彼は勤務先の大使館に入ったまま、突如消息不明となった。  嵯峨が『甲武国』に帰還したのは、『祖国同盟』の崩壊から3年後だった。  『テロ』事件で死亡した妻の墓の前で、呆然と立ち尽くす嵯峨を知人が目撃したと言う。その時から彼の『嵯峨惟基』としての人生は再開した。  嵯峨惟基はその3年後、9歳になった娘を連れて、『甲武国』を出国し、かつての軍人生活を始めた因縁の地、『東和共和国』暮らし始めた。  時は流れた。その17年後、平和な時代が遼州星系を包み始めた時代から物語は始まる。  時に西暦2684年『遼州星系(りょうしゅうせいけい)』。  地球から遠く離れた植民惑星遼州は、どこまでも『アナログ』な世界だった。  遼州星系を訪れた『地球圏』の人々は遼州星系の印象をそう評した。  そして中でも『東和共和国』は、まるで20世紀末期の日本を思わせる世界だったと訪れた地球人達はその奇妙な光景に首をひねるばかりだった。  物語はそんな植民惑星の『昭和・平成』な世界のビルの片隅から始まる。
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