幻のプロポーズ

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◇◆◇  月曜日。  昨日落ちるとこまで落ちて、なんだか私だけが一生懸命になっているのかとバカバカしく思えてきた。  それに、冷静に考えると無性に恥ずかしくもある。  だから、今日はは行くもんか!とも思っただけど・・・・。  習慣とは恐ろしいもので、どういうわけかアラーム前に目が覚めてしまった。 「行かないよ・・・行かないもん・・・・」  言った傍から、モカがベッドに前足をかけて私の顔面を舐め捲る。 「ん~っ、わかった!わかったからやめてー」  飛び跳ねる様に身体を起こして、“モカが催促するから”という大義名分を前面に押し出しながら、私はベッドから立ち上がった。 「わかった!行くよ!行けばいいんでしょ!モカがどぉー---しても、行きたいって言うから、行くんだからね!」 『ワン』  はぁ・・・まったく、モカには適わない。  私はいつもの様に朝のルーティンをこなしモカにハーネスを付けた。  公園に近づくにつれ、足が重くなる自分が情けない。  別に彼とは約束をしていたわけでもなんでもない。  都合の悪い日だってあるだろう。  私だって、たまには散歩をサボったりする日もあるんだから。  それに、これまでだって、彼をほぼ毎日見かけたというだけで、絶対ではなかったはず。  それなのに、たった2日会っていないだけのはずが、もうずっと会っていないような気さえする。 「あー、だめだ・・・・。私、重症だ・・・・」  ここまで自分の中が彼でいっぱいになってしまうなら、なぜ彼のプロポーズを喜んで即答しなかったのか。 「いや、それはない。ほぼ初対面の男からされたプロポーズに即答って、いやいやいや、流石にそれはだめでしょう」  自分でも、頭がどうかしちゃったんじゃないかと思う。  突然立ち止まった私を、モカが不思議そうに見上げている。  そう、わかっている。  初対面だろうがなんだろうが、私は完全に彼の事が好きだ。  それも、どうしようもないくらいに、大好きなんだ。  だからこそ、ただただ不安なんだ。  もしもあれが、お嫁さんを探している、ではなく“彼女”であればどれ程良かったか。  こんなにもあれこれ考えることなく、そして彼を疑うことなく受け入れることができたのに。  けれど、唐突に嫁といわれてしまうと、流石の私も何か裏があるのではないかと疑いもする。 「はぁ・・・一体・・・私はどうしたいんだろうね・・・・」  求められても、求められなくても、結局は理由をつけてうだうだと悩んでしまいそうな自分が心底嫌になる。 「よし!こうなったら立ち向かうより他、ないよね!大丈夫、実はヤバい人でした!って言うんなら結婚する前に別れればいいんだから!」  両手の拳を胸の前に合わせると、私は意を決して歩き出した。 『ワンワン』 「え?モカ?」  例によって先に彼を見つけたのはモカだった。  まぁ、私が下を向いて歩いていたってのもあるけど・・・。 「おはようございます」 「あ・・・おはよう・・・ございます」  ついさっきまでグズグズと悩んでいたことが、彼の笑顔を見るだけで一瞬で吹き飛んでしまう。流石に、ちょろすぎるだろ・・・私。 「これからレオンのおやつなんだけど、良かったら一緒にどうです?」 「あ・・はい。是非」  緊張しつつ、彼と並んでベンチ座ると、彼が手持ちの小さな散歩バッグから犬用のクッキーを取り出した。  彼の前でモカとレオン君が行儀よくお座りをしている。 「お、二人ともいい子だ」  彼の手から、モカとレオン君へとクッキーが差し出されると二頭が同じタイミングでほおばった。  「かわいい・・・」って、愛犬たちの可愛さにほのぼのしている場合ではなかった。
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