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「結婚してください!」
恋人たちが集うと名高いイルミネーションの下で、
覚悟を纏った手が可憐な女性の前に差し出された。
跪く男性が持つ小箱の中からは、
ダイヤの婚約指輪がその煌びやかな顔を覗かせている。
女性の驚き様は、両手で口を押さえていようと、
穢れを知らない瞳の動きから充分に読み取れてしまう。
ところが、彼女の出した答えは意外にも残酷なものだった。
「……ごめんなさい」
小箱がするりと指の隙間から滑り落ち、指輪は彼女の足元まで転がった。
「え? なんで……?」
「だって、仁くんより先に、よく分からないおじさんたちに
プロポーズされたショックが未だに消えないんだもん。
そんな受け入れられる状態じゃないよ」
近くの地べたには、女性と面識のないおじさんとおじいさんが寝転んでいる。
彼らは今しがた、彼女へのプロポーズを済ませ、
事が終わるのを寒さに身震いしながらじっと待っていた。
「あの人たちって、もしかして……仁くんの前座?」
「ぜ、前座っていうか……咬ませ犬かな」
当然、彼女は嘆いた。
「おかしいよ。プロポーズの咬ませ犬なんて、聞いたことないし……。
私はただ、普通に言ってほしいだけなの!」
感情に任せて駆け足で立ち去る彼女を、男性は引き止めることができなかった。
「陽葵ちゃん、待って……」
イルミネーションの淡い光は、夜空と惨めな三人組を絶えず照らしていた。
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