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第6話「セロニカとパノニカ」
今日はミリンが家に遊びに来ていて、機嫌が良いから夕食にカレーを作ることにしました。
ハラマキが食事に関心を持てなんて言うものだから、珍しく素直に聞いてみようという気になってしまって、我ながら主体性のなさを恥じつつも台所に立つ私。
なんだか健気。
カレーなんて結局のところ、市販のカレーブロックを鍋で煮込めば良いだけなのだから簡単簡単。
水は少なめが良いわね。シャバシャバのカレーなんて、バシャバシャのバタフライみたいで、何だか滑稽なものだから。
包丁は、出来れば握りたくない。だってコレ、下手をすると指を切ってしまう刃物ですし、人だって殺せてしまう凶器なのだから、触らないに越したことはない。
だからニンジンの代わりに、冷蔵庫にあった野菜ジュースを入れました。これならニンジンも入ってるし、他の野菜も入っているから体にとても良さそう。
「ヘルシーなのは、とても大事だと思うの」
消費期限は少しテンジャラスだけど、熱を入れれば安全なはずだし、やっぱり安全第一よね。
タマネギは剥くと涙が出るから、オニオン風味のポテトチップスで代用しましょう。乙女の涙は安くないのだ。
「それにポテチはジャガイモだから、一石二鳥、一石二野菜? 一丁上がりってなものよ」
今気づいたけど、私ってマジ料理の才能あるかもしれない。だって、次々とアイディアが溢れてくるのよ。
「あとはお肉だけど、なんだか素手で触るのは抵抗があるわね」
だってアレ、突き詰めて考えると死体なわけだし……ふふ、私って少しデリケートすぎるかしら。
「そうだわ! お肉はカップメンの謎肉で代用しましょう」
謎肉はなんといっても「謎」なわけだから、仮に乾燥した死肉を削って固めたものだったとしても、正体が分からなければ、どうとでも脳内変換できるというわけよ。
なんという名案! 私ったら、カレーのお嬢様みたい。
「料理って、きっと可能性なんだわ!」
そうして私は、包丁を一切使うことなくカレーを作り上げることに成功したのです。
名付けて「ススキ流乙女チック浪漫カレー(シェフの拘り)」!
「ミリン、御飯出来たわよ」
居間で楽しそうにテレビを観ているミリンに話しかける。
彼女が楽しそうにしているのは個人的に嬉しいのだけど、私はミリンの観ている番組が理解できない。
「ねぇ、ミリン。あれって……面白いの?」
「面白いから皆笑ってるんじゃん」
私にはお笑い芸人とやらの面白さが、よく分からないのだ。正直、宇宙人か何かが奇態を演じているようにしか見えない。
「笑い声はサクラでしょ? 録音した笑い声を流しているのよ」
「カレちゃんさぁ、そんな見方ばっかしてるから面白くないんだよ」
そうなのかしら。ミリンが言うなら、そうかもしれない。
でも面白くないものは面白くないし、退屈だわ。
「それよりカレー出来たから、お腹空いたでしょ?」
待ってましたとばかりにミリンが手を叩く。やっぱり、お腹空いてたのね。
「オバサン、映画だっけ?」
「ミュージカルだって言ってたわ」
「カレちゃんのお母さんって、オシャレだよね。美人だし、ウチと大違いだよ」
「そうかしら」
「そうだよ」
柔らかく何気ない日常の会話こそが、多分もっとも幸せなのだ。世界を救うほどの愛ではないけれど、そんな愛は私、見たこともないから信じないし、要らない。
「具が無いね」
「今、流行りの具無しカレーよ。ルーの中に旨味のエキスが入っているから、普通のカレーと同じ――いや、もっと美味しいはず!」
「へぇー。やっぱりカレちゃんの母上はオッシャレー」
私達はちゃんと「いただきます」をしてからスプーンに触れた。
「馬車ウマー!」
馬車ウマというのは私が作った造語の一つで、メッチャ美味い! の上をいく表現なのだ。あとは何となく説明したくない。
「ね? ミリン、馬車ウマでしょ?」
「う、うん。何だか変わった味だね」
「具材には拘ってみました」
「えっ! このカレー、カレちゃんが作ったの?」
予想外の反応。そんなに驚くほどかしら?
「ウチの母上が、晩御飯用意して出かけるような人じゃないのは知っているでしょ?」
「どうしよう。私、食べちゃった……」
「どうしようもないわね」
「でも、カレーに失敗は無いか。小学生でも作れるもんね」
「ふふふ。そうね。そうだといいわね」
憎まれ口一つ叩かないと、カレーも食べられないのか。このミリンは。
「カレちゃんが料理するなんて、初めてだよね」
「まあね。私自身は、死ななければ何を口に入れても良いと思っているのだけどね」
「もしかして、好きな人でも出来た?」
「やれやれ、何でそうなるやら」
好きな人なら目の前に居るがな。言えないけど。
「私、最近お洋服作ったの。カレちゃん、着てくれる?」
「また? たまにはミリンが着てみたら?」
「だって、私じゃ似合わないんだもん」
ミリンは生地から裁断して洋服を縫うという趣味がある。
出来れば着てやりたいのだけど、作る服が少女趣味というか、ロリィタファッションというか、ヒラヒラのフリフリで私には少し抵抗があるのだ。
しかも、その姿を撮影するものだから、二の足を踏んでしまう。
「仕方ないわね。でも、撮影は程々にしてね」
これが惚れた弱みというヤツなのか。ミリンの笑顔が見たくて、やっぱり断れなかった。
「やった! カレーおかわり」
「はいはい」
この欲しがり屋さんめ。
私たちの何てことない日常が、緩やかに過ぎてゆく。サクラの笑い声に乗って、小学生でも作れるカレーを楽しみながら。
翌日、私は謎の体調不良のため学校を休んだ。
後になって聞いたのだけど、ミリンも休んだらしい。
私のカレーが原因かもと一瞬思ったが、すぐに考えるのをやめた。
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