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★★★
婚活パーティーの会場は、都心の結婚式場が人気な有名ホテルだった。
受付を済ませ名札をもらうと、会場になるカフェへと入る。オレンジ色の照明に、ペールピンクの壁紙と白いテーブルセットが並んでいる。
過斗子先生が四人掛けのテーブルの奥に座ったので、向かいのイスに腰かけようとイスを引くと、過斗子先生に止められた。
「くるみん、婚活パーティーでは向かいに男性が来られるように、くるみんは私の隣に座って」
「は、はい!」
改めて過斗子先生の隣に腰かけると、ウェイターがウェリカムドリンクを持ってきてくれた。
ちびちびとグラスを舐めながら会場を見渡す。
女性は私くらいの年齢層が中心、男性はもう少し上というか、ぶっちゃけ中年でしょ、って人まで幅広い。
男性はひとりで来ている人ばかりだけど、女性は二人組がちらほらいるなあ。
私も彼氏いない歴長いし、そろそろ恋人欲しいし、ここでいい人見つかったらラッキーかもしれない。過斗子先生の付き添いってことで、参加費も経費で落ちそうだし、会社持ちで婚活ってかなりお得じゃない?
そう思うと俄然やる気が出てきた。
男性が会場に入ってくるたび、頭のてっぺんからつま先までじっくり観察。髪型や服装で、だいたいの年齢や年収を想像して10段階で評価していく。
あの人は1、あの人は7、あの人は緊張しすぎて汗だくだから4!
そのとき、過斗子先生が私に身を寄せてきて耳打ちしてきた。
「ちょっとくるみん。ほら、あそこ見てごらんなさいよ」
過斗子先生の視線の先を追うと、二十代前半と思われる可愛い系の女の子二人組が、私と過斗子先生同様、隣り合って座りお喋りをしている。
やっぱり若い子は華があっていいなあ。髪型も服装も、気合入っているけど、いい抜け感があって、自己演出をちゃんとしている。本当に彼氏いないの? って思うくらいだ。
「ああいうね、若い子がいると、皆そこに行っちゃうのよオトコって。
見ててごらんなさい。みぃんな群がっちゃうんだから」
更に身体を寄せてくる過斗子先生の棘のある科白に驚きつつも彼女たちを見ていると、さっそく三十代前半と思われる割と爽やかな男性が彼女たちのテーブルに近づいて声をかけていた。
「ほらね。結局若い子が好きなのよねオトコって。あーあ、うんざり」
過斗子先生は背もたれに体を預けると、両手を広げて天を仰いだ。
な、何かフォローしないと! 過斗子先生のやる気がゼロになってしまう!
『鍋過斗子の婚活日記』のネタが拾えなくなってしまう! ここが担当編集者の腕の見せ所だ! 考えろくるみ! 過斗子先生のやる気が盛り上がる話題を探し出せ!
頭の中で乏しい自身の恋愛経験を思い出しつつ、過斗子先生に提供できる話題を必死に考えていると、過斗子先生がスッと立ち上がった。
「え、過斗子先生? どうされました?」
「景気づけに、ちょっと泳いでくるわ」
「え?! 泳ぐって、ど、どこ行くんですか先生! 待って下さい!」
フワフワのドレスの裾をひるがえして颯爽と若い女の子たちのテーブルの脇を通り抜け会場から外に出る過斗子先生の後を、急いで追う。
勝手知ったるといった風にズンズン進んでいく過斗子先生に、他のお客様とぶつかったり足がもつれて転びそうになったりしながらも、なんとかついていく。
階段で地下へと降りた過斗子先生は、迷いなく『更衣室』と書かれたドアを開けて中へと進んでいく。後を追って私も中へ入ると、そこはロッカーと着替えスペース、シャワールームが完備された部屋だった。
「か、過斗子先生…、あの、何を…」
息も絶え絶えに問いかける私に構わず、過斗子先生はふわふわのドレスのリボンをほどいた。
はらり。とドレスが床に落ちる。
「か! 過斗子セン…、え?」
唐突なストリップの始まりかと焦って止めようとした私の目に飛び込んできたのは、競泳水着に身を包んだ過斗子先生の雄姿だった。
過斗子先生はシャネルのバッグを開けると中から六十年代風花柄の水泳帽を取り出し艶やかなピンクの髪をささっとまとめ帽子の中へいれ、更に黄色の水中眼鏡を取り出して装着すると、バッグを放り投げて歩き出した。
慌てて過斗子先生のバッグを抱えて後を追うと、そこには無人の五〇メートルプールが広がっていた。
過斗子先生はわき目も降らず飛び込み台の上に立つと、華麗に水中へとダイブした。
音もなく水面に飲み込まれる過斗子先生。
しばし小波が続いた先に、過斗子先生の身体が浮かんできた。と同時にクロールのお手本動画かと見紛うフォームで婉然と泳ぎ出す。
カラフルな花柄の帽子と息継ぎの瞬間垣間見える黄色い水中眼鏡が眩しい。
う、美しい…。
私はシャネルのバッグを抱えたまま、過斗子先生がターンを繰り返し五〇メートルプールを何往復もする様に、ただ茫然と見とれていた。
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