第一章 阿笠森のうわさ

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 席が隣同士のぼくたちはときどき宿題を見せ合って、ある意味ズルをしていた。メアリはほとんどの教科において優秀だが、英語が苦手である。  どうして英語が苦手なのか聞いてみたら、単語や文法を覚えることは得意だが、それらを組み合わせるのが難しいらしい。メアリは記憶力がバツグンにいいのだ。  対して僕は特別得意な教科があるわけではないが、全教科そこそこ成績がいい。  メアリと話すきっかけが増えるのならば、宿題の見せ合いっこくらい簡単なものだ。 「ところでさあ、アポロ。夏期講習に興味ある?」 「夏期講習?」 「わたしの通っている塾の夏期講習なんだけど、ほら、リモート派の子が多いから参加人数が少なくて寂しいんだよね。阿笠森にある宿泊所で勉強とキャンプをするの。もちろんみんなマスクしたままで、キャンプも少人数単位でするんだけどね。ほら、うちおとうさんが自由に外に出られないから、わたしキャンプしたことないんだ」  メアリのおとうさんはメアリが幼いころに交通事故にあって、腰から下が動かなくなってしまったらしい。今はずっと車いすに乗っているそうだ。 「でもぼく塾通ってないよ」 「先生に聞いてみたらお試しで参加もオッケーなんだって。だからアポロさえよければなんだけど、一緒に参加できたら嬉しいな」 「ほ、ほんと?」 「うん。アポロは話も合うし、一緒にいて楽しいんだもん」 「そうなの?」 「そうだけど、どうして?」 「いや……あ、そうだ、その夏期講習? はいつやるの?」  ぼくは話題をすり替えた。ぼくはきっと顔が赤くなっているだろう。メアリに気づかれたくない。ぼくがどれだけメアリのことが好きなんだってことが。 「日程? 八月の十三日から十五日だよ」 「がっつりお盆だね」 「毎年その日みたい。おうちの予定ありそう?」 「何もないよ。今年の夏はどこにも行けそうもないし、勉強のために出かけるならぼくの両親も行っていいよって言うと思う」  ぼくの両親はぼくに対して厳しいことは言わない。だからぼくは自由だ。むしろこれまで学校の友達とどこかへ出かけることなんてなかったから、よろこんで送り出してくれるだろう。  女の子と出かけるってことは黙っておこうかな。
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