第一章 阿笠森のうわさ

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「ありがとう、アポロ。ひとりぼっちにならなくてよかった」 「塾の子と仲良くないの?」 「直球かよ」 「ごめん」  意外だった。クラスの人気者のメアリなら塾でも友達がいるのだと思っていた。ぽろっとこぼれおちてしまった言葉で、メアリを傷つけてしまった。  ぼくが次の言葉を探してもじもじしていると、メアリはあははと朗らかに笑った。 「そんなにおどおどしないでよ。こっちが悪いこと言っちゃったみたいじゃん」 「いや、ほんとにごめん」 「謝らないで。わたしが行ってる塾はさ、阿笠町と隣町のちょうど間くらいの場所だから、小学校の友達いないんだよね。  それに塾って勉強する場所でしょ。もちろん自分の成績をあげることが一番の目的だけど、やっぱり周りの子の成績も気になるじゃない?  あの子よりテストの点数低かったらいやだなあとか、あの子はいつも一番に課題を終わらせるから今日は勝ちたいなあとか、ずれていっちゃうの。自分の一番やりたいことが。  だからわたしは塾で友達を作らないって決めたんだ。  それにおとうさんに言われたの。『結果よりも過程が大事。ゴールをみすえて近道をしちゃだめだ』って」 「近道をしちゃだめって、なんだか難しいなあ。ぼくなら楽な道があったらそっちを歩きたい。ズルしたいもん」 「結果だけだと、それまで何があったかわからないでしょ? 算数のテストで途中式を書かなくて答えだけ書くような感じかな」 「そういえばぼくは答えだけ書いてさんかくになったことあるよ」 「答えが合っていればいいのにって、わたしも思う。だけどね――」  メアリと目が合う。彼女は一呼吸おいて話を続けた。 「――わたしは勉強ってほかの人に教えられるくらいになって、はじめて身につくものだと思ってるんだ。  たとえ途中式なんて書かなくてもわかる簡単な計算でも、答えを導きだした過程をきっちり書けば、それは誰の目から見ても正解だし、もし間違っていたとしてもどこで間違えたのか探すのが簡単でしょう?  わたしも最初はアポロみたいに簡単な問題は答えだけ書いていたけど、途中式を書く必要があるなら書くようにって塾の先生に言われたんだ。  先生は『それが正解だから』としか言わなくてモヤモヤして、同じことをおとうさんにも聞いたら過程と結果の話をされたの」 「なんだか難しいね」 「おとうさん頭いいからなあ。わたしもがんばらなきゃ」 「メアリだって成績いいのに」 「……ほら、英語」 「ああ、そうだったね……」 「どーしても英語だけできない自分が悔しいの。だから、ええと、何の話してたっけ?」 「メアリが塾で友達を作らない話」 「そうだった。うん、わたしにとって塾は英語の成績を上げるために行く場所。わたしはわたし。よしっ。オッケー」 「お、おっけー?」  メアリの不思議なクセなのか、彼女は自分で自分を納得させて完結させるところがある。なにがオッケーだったのかわからないけれど、メアリの表情の変化を見るのは楽しい。しかしここでひとつ疑問がわいた。 「でもさあ、メアリ。さっき塾に友達はいらないって言ったじゃん。その夏期講習にぼくも行っていいのかな」 「当然じゃん。わたしたち親友でしょ」  友達から親友へランクアップしていた。ぼくにとって喜ばしいことであり、その後メアリが夏期講習の詳細を話してくれたが、ぼくの耳にはほとんど入ってこなかった。
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