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「男の子か女の子かわからないけれど、わたしたちくらいのこどもの幽霊らしいよ。それにあの山、むかし土砂崩れがあって、実際にまきこまれて死んじゃった人がいるとか……もしかしたら、まだ埋まったままの人もいるかもね」
「あ、悪趣味だよ……」
「とはいえ、ちょうどお盆だから幽霊のひとりやふたり出てきても不思議じゃないかもね」
「ぼくは会いたくない」
「アポロは霊感あるの?」
「ないよ。ないと思う。幽霊見たことないから知らないけど……」
「じゃあ問題ないよ。これで日程の中に肝試しとかあったら話は別だけど」
「別の話しよ! あー、ええと、そうだ、先生。先生ってどんな人? メアリが通うレベルの塾なら厳しい人かな? それとも優しいけど怒ると怖い感じ?」
「アポロが本当に心霊系ダメだってわかったよ。ちょっとからかってごめんね。あくまでうわさだから」
「ちょっとどころじゃないよ……」
「で、先生だけど――ほら、ちょうど来たよ。あの赤い車」
メアリが指すほうを見ると、駅のロータリーに赤いクロスビーが停まる。助手席には女の子が座っている。この子が愛ちゃんだ。
「こんにちは、きみがアポロくん?」
運転席の窓ガラスが下がり、はきはきとした女の人がぼくに声をかける。
「はい。ぼくがアポロ。灰崎アポロです。三日間よろしくお願いします」
「メアリちゃんから話は聞いていたとおりね。優しいイケメンくん。わたしはイチジク学習塾の講師の佐々木葵(ささき あおい)。先生でも佐々木さんでも好きに呼んでね」
佐々木先生は一見おしとやかそうな美人さんだが、塾の先生らしく、さっぱりした印象を受ける。黒く長い髪をお団子にしてまとめて、チタンフレームの眼鏡がとても似合っている。
年はいくつくらいなんだろう。女の人に聞くのは失礼だろうな。たぶんぼくのおかあさんより若いだろうから、三十歳くらいなのかな。
「どうかしたの、アポロくん」
「いや、では、佐々木先生。あのう、ぼく迷惑じゃないでしょうか?」
「いまさら?」
メアリがぼくよりも先にまるで女の子をエスコートするかのように後部座席のドアを開ける。
「先生、アポロは怖がってるんです。わたしが阿笠森のうわさを話したから」
「こ、怖がってないよ!」
ぼくは恥ずかしくなってメアリが開けてくれたドアからクロスビーの後部座席に腰を下ろす。なんだか二重の意味で恥ずかしい。女の子にエスコートされちゃうなんで、男として恥ずかしい。
メアリがぼくの隣に座りシートベルトを着ける。ぼくも慌てて着ける。
「ふたりとも準備できた? それじゃ、いざ阿笠森へ出発!」
明るいかけ声と裏腹に、バックミラー越しに見えた佐々木先生の表情は、どこかかげっているように思えた。
ぼくの見間違えかもしれないけれど。
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