ー サンと対決ー

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ー サンと対決ー

「おい、お前。 三中の慎吾だよな」 いきなり大きい身体のアイツがやって来て、こんな雑な挨拶が僕とサンとの出会いだった。中学の頃、僕は三中の野球部でエースでサンは四中のエースをしていた。中学対抗の試合では何度か対戦したことはあったけど、まともにサンと話をしたのは高校入学式の後が初めてだった。 「お前、当然野球部に入るんだろうなぁ?」 「えっと誰だっけ?」 「四中の野球部のエースだった圭三だよ」 「あぁ、たぶん野球部に入ると思うけど」 「そうか。 だったらこの高校でどっちがエースになるかオレと対決しようじゃねぇか!」 実はこのテのタイプは嫌いなんだよ。なんか勝手に話を進めてすぐ熱くなる人。しかもエースとかキャプテンとかあまり興味ないし。でも高校に入って他にやることもなかったから野球部に入ろうとしていたのは事実だ。だけど「エースなんて興味ない」なんてサンに言ったらまた怒るだろうから、僕はしばらくサンの熱意に付き合うことにした。 ちなみにあの学園祭の演劇をやる前は、お互いに『慎吾・圭三』と呼び合っていた。 「わかったか、慎吾。 必ず野球部に入れよ」 「わかったよ。 圭三、しつこい」 神奈川県の高校野球は、他県に比べて強豪校が多いことで有名だ。だから当然うちの高校も甲子園優勝に向けて部員の育成を強化していた。その育成強化として、1年生が野球部に入部するとすぐに『新入生紅白試合』があった。 今年の紅白試合では、僕が白組のピッチャーでサンは紅組のピッチャーに決まった。この試合はこれから野球部のエースを決める為の重要な試合だから、当然サンは鼻息を荒くしていた。 「俺様が青柳高校のエースだぜぇ。 慎吾、お前とエース対決だ!」 その紅白試合の前日。部活の練習と掃除が終わった僕はサンと帰り道が一緒になった。 「おい慎吾。 いよいよ明日だな」 「うん、いい試合にしよう」 そんなたわいもない会話をしながら歩いていると、僕らの運命を変える事件が起きてしまった。公園でタバコを吸っている他校の高校生3人と出くわしてしまったのだ。嫌な予感がした僕とサンは、その高校生を見て見ぬ振りをしながらその場を立ち去ろうとした。 だけどそのタバコを吸っている3人の高校生に絡まれ、 「おい、お前ら何見てんだよ」 「い、いや? 僕たちは、何も・・・」 僕はすごく怖かった。明日は大事な試合だし、こんなくだらないことに巻き込まれたくない。 しかしサンは隣で震えている僕に向かって小声で、 「おい、慎吾。 ここは俺がなんとかするから、お前は走って逃げろ」 「圭三、お前1人置いていくなんてそんな訳いかないだろ?」 「いいから早く行け。 俺も後で逃げるから」 僕はサンの言葉を間に受けてその場から逃げてしまった。あの高校生に追いつかれないように早く走っていると、僕の目からは次第に涙が溢れていた。 「圭三、ゴメン、圭三、ゴメン・・・」 後で覚えてないくらい走って家に帰り、しばらく自分の部屋から出れなかった。 「どうしよう、俺は最低だ」 サンを置いて逃げた自分が本当に情けない。僕はベットで震えながらスマホを握りしめ、サンからの連絡をずっと待っていた。 あれからどれくらい時間が過ぎたのか分からないけれど、生きた心地がしないほど最悪な時間だった。それからしばらくしてスマホが鳴ったのはサンからの連絡だった。 「圭三、大丈夫か?」 「ああ、大丈夫だ。 俺もあの後すぐ逃げたから安心しろ。 明日の試合はお互いがんばろうぜ」 サンのその力強い声を聞いて、僕は天を仰ぐように天井を見上げた。 「よかったぁ、圭三ありがとう。 明日の試合は頑張ろう」 「おう!」 安心してスマホを切ると、疲れ果てた僕はそのままベッドで寝てしまった。 翌日新入生紅白試合が始まり、5回まではお互い0対0と意外に白熱した試合が続いた。しかし6回からサンの様子が少しおかしくなり、顔には異常な汗をかいて時々肩をおさえながら苦しそうに投げていた。 「あいつ肩をおさえてどうしたんだ?」 そしてサンはバッターから次々とヒットを打たれ、7回表では3失点してしまった。それから試合は10対3となり、サンがいる赤組は負けた。試合が終わり不思議に思って部室に行くと、服を着替えているサンに向かって言った。 「圭三どうした、6回からのピッチングが変じゃないか?」 その時、シャツを抜いだサンの姿を見て驚いた。サンの肩はまるで地底にある熱いマグマのように真っ赤に腫れていた。腫れている肩に冷たい氷袋を当て、サンは痛みを堪えていた。 「その肩って昨日の?」 サンは嘘をついていた。 昨日公園で絡まれて僕が逃げてしまった後、最後まで抵抗していたサンはあの高校生3人から袋叩きになっていた。その時に肩を蹴られた事を誰にも話さずに、サンは痛みに堪えながら必死にボールを投げていたのだ。 「圭三、とりあえず病院に行こう。 俺が連れて行くから」 「慎吾、もういいよ。 試合はもう終わったんだ」 「圭三、何言ってるんだ! 早く病院に行かないと、お前ずっと野球が出来なくなってしまうよ」 僕はサンの腕を掴み、強引に病院へ連れて行こうとした。しかし、あの豪快なサンの顔からは覇気が無くなっていた。 「もういいよ。 ここのエースはお前に任せたよ」 そう言いながら僕の肩をポンと叩き、学生服に着替えて部室から静かに出て行った。肩を押さえながらゆっくり部室を出て行くサンを、僕は追いかけることができなかった。 それからしばらくしてサンは野球部を退部した。サンの肩は蹴られて傷めた上に無理やりボールを投げた事が原因で、もう野球は出来なくなっていた。そしてあの公園で起きたタバコ事件の事も、サンは誰にも話さなかった。サンが退部したことを知った僕もすぐに辞めようとしたけど、それをサンに止められてしまった。 「お前まで野球部を辞めてしまったら、ここのエースは誰がやるんだ。 俺がお前を守ったことが全部無駄になるだろうがぁ!」 その通りだ。サンはケガをしてまでこの僕にエースを託してくれたんじゃないか。サンのその優しい気持ちに応えようと、僕は早く青柳高校のエースになって甲子園へ行こうと心に誓った。 しかし、高校1年が終わろうとする3月末に神奈川から岡山へ引っ越してしまった。エースになるというサンとの約束を果たせないまま、僕は青柳高校野球部をあとにした。
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