ー アラノイアス ー

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ー アラノイアス ー

悲劇とは、いつも突然訪れるものだ。 3月末に岡山県へ引っ越ししてから、僕の家族は新しい生活を始めようとしていた。お母さんはパートを始め、兄貴は新しいバンドメンバーを集めて活動し、僕は桂ヶ丘高校へ通って野球部に入った。 そんなバタバタした毎日が過ぎた頃、とんでもない事件が起きてしまった。それは春の桜も終わり、空がスッキリしない梅雨入り前の5月のことだった。 「慎吾、いいかげん早く学校に行きなさい! 今日は雨が降りそうだよ」 その日の僕は、新しい学校に慣れないことと野球部の練習もあって身体がとても疲れていた。そしていつものように朝からお母さんに叩き起こされ、慌てて自転車に乗って学校へ行った。するとお母さんが言っていた通り雨が降り始め、周りの通行人の傘が1つ1つ開いていった。毎日自転車通学している者としては、突然の雨というのは非常に面倒くさい。 「なんだよ、やっぱり雨が降ってきたじゃんよ」 遅刻寸前で焦っていた僕は、学校までの坂道を猛スピードで自転車で下って行った。そして何も考えずに急カーブを勢いよく曲がったその時、杖をついていたお婆さんが死角で見えない所から突然現れた。 僕は急ブレーキをかけ大声で叫びながら、 「あぶないっ!」 と慌ててハンドルを切った。あまりにも一瞬の出来事で、自分でもどのようにお婆さんを避けたのかよく覚えていない。 「いってぇ」 「ちょっとあんた、大丈夫かい?」 「あ、すみません。 あのぉ、おケガありませんでしたか?」 幸いにもお婆さんには当たらなかったのはよかったけど、僕は道路のわきにあるコンクリート壁に激突して転んでしまった。 「わたしゃ大丈夫だけど、あんたは?」 「僕は大丈夫です。 では失礼します」 僕はそう言ってお婆さんに頭を下げると、遅刻と恥ずかしさが混乱して慌ててその場から立ち去った。それから遅刻の時間が気になり、腕時計をチラッと見て確認した。 「8時26分か、ギリギリ大丈夫かなぁ?」 結局は登校の時間には間に合わず、やっぱり校門の前で先生に怒られてしまった。僕は先生に謝りながらコソコソと教室へ入り、やっとの思いで自分の席に着いた。 「まったく、悲劇は突然やってくるよ。 ヒジとヒザを擦りむいてすごく痛い」 でも、あの杖をついたお婆さんにケガをさせなくて本当に良かった。もしお婆さんと衝突していたらこんなことでは済まされないと思うと、次第に身体が震えてきた。最悪の1日を過ごした僕は、身体が痛いという理由で部活を休んで早めに家へ帰った。 「ただいま。 あれ、お母さんどうしたの?」 僕が家に入ると、台所のテーブルにいたお母さんは誰かと電話で話しながらシクシクと泣いていた。 「気持ちをしっかりしてね。 本当に、何でこんなことになったのかしら」 電話をしていたお母さんは学校から帰ってきた僕の顔に気がつき、テレビから流れている緊急ニュースに向かって指をさした。 そのニュースを見て床にカバンを落とした。 『繰り返し緊急ニュースをお伝えします。今朝8時25分ごろ、神奈川県立青柳高校の修学旅行の途中、九州に向かっていたバスのうち1台が川へ転落するという事故がありました。警視庁の調べでは・・・。』 「神奈川県立青柳高校の修学旅行って? 川に転落事故って一体どういうことだよ?」 僕はそのニュースを呆然と見ながら呟いた。そしてハッと思い出し、慌てて奇数組の皆んなに連絡した。しかし、何度も連絡をしたけど誰1人つながらない。今この状況がどういうことなのかさっぱり分からず、頭の中が混乱していた。 しばらくすると、青柳高校元野球部の佐々木先輩から僕のスマホに連絡があった。 「佐々木先輩、バスの転落事故ってどういうことですか?」 「慎吾、いいから落ち着いて聞いてくれ」 佐々木先輩から詳しく転落事故の話しを聞いた僕は、その場に倒れこみながら泣き声を上げた。 「うわぁぁぁ!」 お母さんが泣きながら電話で話しをしている相手とは、神奈川県に住んでいるイチのお母さんだった。きっとイチのお母さんも、突然の出来事でパニックになっているのだろう。 悲劇とはいつも突然訪れ、まるで悪い夢を見ているかように暗黒の時間が過ぎていった。 バスの転落事故があった後、警察の調べで事故の状況がいろいろと分かってきた。どうやら青柳高校の修学旅行で行った4台のバスの中で、奇数組がいる2年C組のクラスのバスだけが転落事故を起こしたらしい。そして事故が起きた時間というのは、ちょうど僕が登校の時に自転車で転んでいた時間と同じ朝8時25分ごろだった。 事故の原因は『運転手の居眠り』と判明。バスは山道カーブを曲がり切れず、ガードレールを飛び越して川に転落し炎上した。 2年C組の皆んなは全員即死だった。 僕はバス事故があまりにもショックが大きすぎて、それから1ヶ月以上も学校や塾へ行かず部屋に引きこもっていた。まるで枯葉や枯枝に包まれたミノムシのように、今は何もやる気が起きないんだ。
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