ー オンライン同窓会 ー

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ー オンライン同窓会 ー

まるで枯葉や枯枝に包まれたミノムシのように、今は何もやる気が起きないんだ。 高校2年生にもなれば、そろそろ大学受験の為に準備をする大事な時期だと思う。そんなことは勉強が苦手なこの僕でもよく分かっている。だけど今は学校や塾へも行かず、薄暗い部屋の中でずっと引きこもっていた。 心配したクラスの友達が連絡してくれて、僕のことをいろいろと励ましてくれた。クラスの友達は皆んな優しい。だからあの事件から1ヶ月が過ぎた頃、僕はもう1度学校へ行こうと気持ちが変わり始めていた。 そんな時に担任の先生から「話がある」と連絡があり、6月の曇天の中を自転車で学校へと向かった。 「なんか嫌な雨が降りそうだなぁ」 1ヶ月ぶりに学校へ来たけれど、周りの風景や校舎の雰囲気に何か変化がある訳ではない。校庭で体育をしている生徒の声や無機質なチャイムの音なんて、まるで時が止まっていたみたいに変わらない。そんなことを感じながら下駄箱で上履きに履き替え、誰もいない静粛な廊下を1人歩いた。それから職員室へ入り、担任の先生と今後の学校生活について長々と話しをした。 最後に先生は重い溜息をつきながら、 「ふう。 まぁお前が落ち込む気持ちも分からんでもないんだがな」 「は、はい」 「そろそろお前も受験勉強をしなくてはいけない大事な時期だし、少しずつでいいから学校に来てみないか?」 「分かっています。 実は僕も明日から学校へ来るつもりでした」 「おお、そうか。 じゃあ今は辛いかもしれないけど、これから一緒に頑張っていこう」 「はい、よろしくお願いします」 先生と話しが終わって校舎から出ると、僕はまた自転車に乗って家へ帰った。いつも通学の時に使っているこの古い自転車はブレーキの効きがとても悪い。しかも丘の上にある家までは長い坂道だから、本当はマウンテンバイクのようなカッコいい自転車が欲しいところだ。でもずっと引きこもっている今の僕が、そんなことを親に頼むことなんて出来るわけがない。 坂の途中にある信号が赤に変わると、僕は自転車を止めてブレザーからスマホを取り出した。 「あれぇ、あのアプリって何だっけなぁ?」 いつか見たSNSで誰かが呟いていたミーティングアプリをずっと探していた。だけど毎日探してもそのアプリが見つからない。やがて生暖かい嫌な小雨が、スマホの画面の上にポタポタと落ちてきた。 「ちぇっ、やっぱり雨が降って来たじゃんよ」 信号が青に変わるとスマホを慌ててポケットにしまい、急な坂道をゆっくりと登りながら家へ帰った。 今夜はミーティングアプリを使って昔の仲間と同窓会を開く予定になっていた。同窓会を言い出したのは僕の方だから、当然僕が幹事をやらなくてはいけない。そしてどうしても今夜中に同窓会をやる理由があるから、あのミーティングアプリを必死で探していた。 「やべぇ、時間がないよ」 今は岡山県にある高校へ通っているけど、つい3ヶ月ほど前までは神奈川県の高校に行っていた。親の転勤の都合でここへ引っ越してきたんだ。今夜オンライン同窓会をやろうとしている相手というのは、引っ越しする前に通っていた神奈川県の県立青柳(あおやぎ)高校の同級生だ。 その同窓会のメンバーは僕を含めて4人。 衣智子(いちこ)(通称:イチ) 神奈川県青柳高校 2年C組 イチは僕が神奈川県に住んでいた時、隣の家に住んでいた幼なじみの女の子。どういうわけか幼稚園から小中高と同じ学校に行っていた、いわゆるってやつだ。演劇部に所属していて、口が悪くて声も態度もデカい。 圭三(けいぞう)(通称:サン) 神奈川県青柳高校 2年C組 サンは同じ高校の野球部で一緒だった男。中学の頃は別の学校で闘う良きライバルだった。ある理由があって途中で野球部を辞めて、イチと同じ演劇部に入った。体がバカデカくて、少々熱くなるタイプ。 奈々美(ななみ)(通称:ナナ) 神奈川県青柳高校 2年C組 ナナは僕の隣の席に座っていた声も体も小さい女の子。いつも1人で本を読んでいたり何かの音楽を聴いていたりしていた。クラスの中では『不思議ちゃん』というキャラクター。 そして僕は、 慎吾(しんご)(通称:ゴ) 岡山県(かつら)(おか)高校 2年4組 今はここの高校で野球部に所属しているが、残念ながらまだまだ補欠レベル。ゲームが好きで夜遅くまでやっているから、とにかく朝が弱い。 この4人は青柳高校の学園祭で一緒に演劇をやった仲間だった。演劇部のイチが学園祭の演劇の企画を考え、幼なじみである僕のことを強引に入れた。もちろん演劇なんてやったことないし最初は嫌で断っていたけど、イチの事情を聞いて仕方なく引き受けてしまった。そして僕が無理やりサンとナナを演劇の企画に誘い、4人が仲間になったという訳だ。 「ちょっと皆んな聞いて。 今日から演劇の練習の時は私のことを『イチ』って呼んでね。 圭三は『サン』で奈々美は『ナナ』だよ」 「おいイチ、俺の紹介はねぇのかよ」 「うるさいよ、ゴッ!」 演劇のユニット名は、皆んなの通称がイチ・サン・ゴ・ナナということで『ハイスクール奇数組』という名前になった。何でもイチのお父さんの本棚に似たような名前の漫画があったから、イチがこのユニット名を勝手に決めた。一応もう1人の『キュウ』というメンバーも探したが、この学校にキュウがつく名前の生徒はいなかった。 それから僕たちは、学園祭の演劇が終わってもお互いのことをイチ・サン・ゴ・ナナと呼び合うようになっていた。 担任の先生から学校に呼び出された僕は、小雨に濡れながら家に帰って来た。自転車を駐車場のわきに置いて「ただいま」と家に入ると、夕飯の支度をしていたお母さんが手を拭きながら出てきた。 「おかえり、慎吾。 あんた学校はどうだったの?」 「うん、大丈夫だよ。 明日からはちゃんと学校に行くから」 「慎吾、本当に大丈夫?」 「うん。 お母さん、いろいろゴメンね」 息子が1ヶ月も学校へ行かずに部屋で引きこもっていたら、親が心配するのは当然のことだろう。僕のせいで家族が不安な毎日を過ごしていると思うと、胸が張り裂けるくらい辛い気持ちだ。でも今夜のオンライン同窓会をやるきっかけで明日から学校へ行こうと、僕は心に決めていた。 2階にある自分の部屋に入ってからすぐにノートパソコンを開き、あのアプリを探し始めた。 「ミーティングアプリ、ミーティングアプリと・・・あったあった、これだよ」 ミーティングアプリ 『アラノイアス(ARANOYAS)』 このアラノイアスを使ってオンラインで同窓会をする為に、僕は急いでセッティングした。しかし皆んなでニックネームで呼び合っていたから、本名をなかなか思い出せない。 「あれ、そういえばあいつらの名前って何だっけ?」 それから指定した時間がやってきて、ハイスクール奇数組のオンライン同窓会が始まった。
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