ー アラノイアス ー

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ー アラノイアス ー

『悲劇』とは・・・いつも突然訪れるものだ。 4月から岡山県へ引っ越して、僕の家族は新しい生活を始めようとしていた。しかし引っ越してから間もなく、とんでもない事件が起きてしまった。それは岡山の春の桜も散り終わり、空がなんとなくスッキリとしない梅雨入り前の5月のことだった。 あの日の僕は、まだ慣れない学校生活と野球部の練習で体が疲れていた。 だけど、朝からお母さんに叩き起こされ、 「慎吾! いいかげん、早く学校に行きなさい! 今日は雨が降りそうだよ!」 あの日はそうとう寝坊してしまい、僕は慌てて自転車に乗って学校へ行った。するとお母さんが言っていた通り雨が降り始め、周りの通行人の傘が1つ1つ開いていった。毎日自転車通学している僕にとって、突然の雨というのは本当にイヤだ。 「なんだよ! やっぱりポツポツとしてきたじゃんよ!」 僕は学校までの坂道を自転車で下り、何も考えずに急カーブを勢いよく曲がったその時、杖をついていたお婆さんが死角で見えない所から突然僕の前に出てきた。 僕は急ブレーキをかけ慌ててハンドルを切りながら、 「あぶない!」 一瞬の出来事だった。あまりの一瞬で、自分でもどのようにお婆さんを避けたのかよく覚えていない。 「いてぇ・・・」 「ちょっとあんた! 大丈夫かい?」 「あ、すみません。 あのぉ、おケガありませんでしたか?」 幸いにもお婆さんには当たらなかったのはよかったけど、僕は道路のコンクリート壁に激突して転んでしまった。 「わたしゃ大丈夫だけど、あんたは?」 「僕は・・・大丈夫です。 では失礼します」 僕はそう言ってお婆さんに頭を下げると、遅刻と恥ずかしさが混乱して慌ててその場から立ち去った。それから自転車に乗りながら遅刻の時間が気になり、腕時計をチラッと見て確認した。 「8時26分か・・・ギリギリ大丈夫か?」 結局は登校の時間には間に合わず、やっぱり校門の前で先生に怒られてしまった。僕は先生に謝りながらコソコソと教室へ入り、やっとの思いで自分の席に着いた。 「ああ、今日はついてないなぁ。 ヒジとヒザを擦りむいて痛いよ。 イテテテ・・・」 でも、あの杖をついたお婆さんにケガをさせなくて本当に良かった。もしお婆さんと衝突していたらこんなことでは済まされないと思うと、次第に体が震えてきた。そんなことをいろいろと考え、その日の僕は最悪の1日を過ごしていた。 それから段々と体が痛くなり気分も下がっていたので、今日の部活は休むことにして早めに家へ帰ってきた。 「ただいま。 あれ? どうしたの?」 僕が家に入ると台所のテーブルにいたお母さんは、誰かと電話をしながらシクシクと泣いていた。 「気持ちをしっかりしてね。 本当に・・・何で、こんなことになったのかしら・・・」 電話をしていたお母さんは学校から帰ってきた僕を顔に気がつき、テレビから流れている緊急ニュースに向かって指をさした。 そのニュースを見て・・・僕はカバンを落とした。 『繰り返し緊急ニュースをお伝えします。今朝8時25分ごろ、神奈川県立青柳高校の修学旅行の途中、九州に向かっていたバスのうち1台が川へ転落するという事故がありました。警視庁の調べでは・・・。』 神奈川県立青柳高校の修学旅行って? 川に転落事故って一体どういうことだよ? ハッ! 僕は慌てて奇数組の皆んなにLINEをした。 「イチ! サン! ナナ!」 何度もLINEをしたが、誰1人連絡がつながらない。 何故だ! 何故だ! しばらくすると、元野球部の佐々木先輩から僕のスマホに連絡があった。 「佐々木先輩! 転落事故って・・・これはどういうことですか?」 「慎吾・・・いいから落ち着いて聞いてくれ」 佐々木先輩からバスの転落事故の話しを聞いた僕は、その場に倒れこみながら泣き声を上げた。 「うわぁぁぁ!」 お母さんが泣きながら電話で話しをしている相手とは、神奈川に住んでいるイチのお母さんだった。 まるで、この世の悪夢を見ているみたいだ。 あのバスの転落事故があった後、警察の調べで事故の状況がいろいろとわかってきた。どうやら2年生の修学旅行で行った4台のバスの中で、奇数組がいる2年C組のクラスのバスだけが転落事故を起こしたらしい。そして事故が起きた時間は、ちょうど僕が登校の時に自転車で転んでいた時間と同じ、朝8時25分ごろ。 事故の原因は『運転手の居眠り』と判明。 バスは山道カーブを曲がりきれず、ガードレールを飛び越して川に転落し、バスは炎上した。 2年C組の皆んなは全員・・・即死だった。 僕が1ヶ月以上も学校や塾へ行かなくなったのは、そのバス事故があまりにもショックすぎたからで、それからずっと自分の部屋に引きこもっていたんだ。
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