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「いくぜー!」
ぱたん!とゆきが巻物を二つに折る。すると吉定の視界は黒く、もやがかかったようになった。
「ぐえっ……」
勢いよく体を回されたのか、はたまた揺さぶられたか。ともかく激しい渦に一瞬巻き込まれたと感じた直後、ゆきと吉定は見慣れた寺の裏山にいた。
「お……お、おお……吉定さま?」
和尚と弟子の広孝は、突然現れた吉定に驚いているが、本人は激しい船酔いに遭ったかのように顔面蒼白だ。うずくまる吉定の頭上を浮遊するユキは、「そのうち慣れっからよ」などと言っている。
やっとのことで起き上がった吉定は、和尚たちにユキの仕業という旨を説明すると、少し離れたところの木を見た。後ろ手に縛られている男は、幽霊か妖怪のように出現した吉定を見て、がたがたと震えている。
「依頼は、あの野武士ですか」
和尚はうなずく。
「街道から外れた山道で、旅人を狙っていたらしいんですな。今までは追い剥ぎだけで命までは取らなかったそうですが、たまたま揉みあいになり殺してしまったそうで、その後、夜な夜な枕元に立つから祓ってほしいと」
「……それはまた」
吉定はあらためて野武士を見た。体格は普通、無造作に束ねた髪と伸びた髭を整えれば、実直な農民だったことが窺える。
「戦のほうが稼げるからか。そのあと稼ぎがなくなら野武士に転落したか」
野武士は答えず、というよりは歯の音が合わず声が出せない。
「どっちにしろ、自分が命を奪った旅人が化けて出るって……そんなん自業自得じゃねえか」
ユキは袂から護符を取り出しながら呆れたように言う。
「殺す……つもりは……」
がたがたと合わない歯の間から、やっと野武士は声を絞り出した。ユキの声は聞こえないので、返事ではなく独り言のようだ。
「向こうが……向こうから声をかけてきたから……それで……」
「それはお前の勝手な言い分だろ」
ユキはそう言い、吉定に目配せする。
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